ラベル 脱腸手術入院マニュアル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 脱腸手術入院マニュアル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年6月4日火曜日

脱腸手術入院マニュアル 付記

2回目の脱腸手術に関するメモ

 右の脱腸手術はラクだった。入院した翌日にすぐ手術で、たしか6日後くらいには退院したと思う。2回目だけあって、インフォームドコンセントは簡略化。同じ病室に、ガン手術のじじい&文句ばっかり言っているじじいがいたので、看護婦チームはそちらに神経を集中して、オレのことはほとんどかまわない。ちょっと寂しかったが、まあ、しょうがない。
 前回の入院でけっこう可愛いなあと思っていた看護婦のなかのひとり(30歳代前半かなあ)が毛剃り担当になって、ヤバいかもと懸念したのだが、作業中にどうでもいいことをしゃべりまくることで邪念に付け入る隙を与えないという作戦が功を奏し、気がついたらあそこツルツル、のどカラカラになっていた。
 2回目の手術の担当医は若くて、看護婦に対して敬語を使っている。古株の看護婦(といっても20代後半くらいにしか見えない)は医者に対してタメ口。同性同士は、やっぱめんどくさそうだ。
 浣腸に関しては、前回のこともあって、浣腸液を注入されたあと、ガマンもクソもなく、最初からトイレの個室で待機していた。だが、これがよくなかった。やはり、病室である程度ガマンし、それからトイレに向かい、個室の前で耐え、それから入室、さらに便座に座ってガマンし、開放、という手順を踏むべきだと思った。というのも、“すべてを出し切った”感が得られなくて、脊髄に麻酔注射を打たれるまで、腸にやつらが残っている感じがしてしょうがなかったんだよね。結果的には大丈夫だったけどさ。
 手術自体は、前回と変わりない。担当医は若いけど、患者に不安を感じさせるような言動はなかったし、以前世話になったT先生が補佐していたし。手術後半で、「あれ? 麻酔をしているはずなのに足の指が動く!」と、ほんのちょっとだけビビって、手術が終わった直後に先生に、「足の指が動くんですけど」と訴えた。担当医は、動いているオレの足の指を見て無言だったが、T先生が、「痛みは感じますか」と聞くので、「いーえ」と答えたら、「平気ですよ」と言ってくれた。たしかに、平気だった。

 手術後、麻酔がさめるのに備え、ガマンせずに痛み止めの薬を飲んでガマンせずに痛み止めの座薬を入れてもらったおかげか、2度目の手術の夜は、だいぶラクだった。
 今回の担当医はあまり抗生剤を使わない方針ということで、点滴は手術翌日の午前中で終わり。それでも、前回よりも早いペースで痛みは引いていった。ウルトラマンの管抜きはしっかり見学したけれど、特に面白くもおかしくもなく、先から管が抜けるという、ただそれだけのことだった。想像と現実とのギャップって大きいものですね。
 最後に。タイトルに「マニュアル」って付けたけど、10年も前の話だし、これから脱腸手術をする人の参考にならなくて、ごめんね。

(完)
初 出:「馬鹿の手帳」(2008年3月15日~6月6日)

2013年5月21日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その13

最終回 ああ腹筋

 うとうとしたり起きたりを繰り返しているうちに、薄明るくなってきた。座薬が劇的に効いたという実感はなかったが、手術箇所の痛みはピーク時の4割減くらいになっている。管折れ曲がり問題には相変わらず苦しめられていて、激痛ではないけれど、もういいかげんにしてほしい。泣きたくなってきた。
 それでも結局、本格的に眠ったようで、気がついたら10時を過ぎていた。ありがたいことに、痛みはびっくりするくらい引いている。ただ、ウルトラマンの口のまわりがひりひりする。寝ている間にけっこう動いたみたいで、バンソーコーが3分の1くらいはがれていた。あちゃーと思いながら、もっとよく見ようと体を起こしかけたら、ズキューンと手術箇所に痛みが走って、一瞬息が止まった。これぞ脱腸手術後の筋肉の痛みだあ! くしゃみなんかしたら死ぬな。
 午後イチに、ウルトラマンから管を抜いてもらった。「痛くはありませんが、ズサーっていうイヤな感じがします」っていう話だったから目をそらしていたら、なんてことなかった。見てればよかった。

 この日は、テレビをつけようとしてはズキューン、寝返りを打とうとしてはズキューン、便所で小便を終えてウルトラマンを振ってはズキューンと、1日中懲りもせずに痛がっていた。
 次の日、その次の日と、痛みはすこしずつ減っていったし、腹筋に負荷をかけない体の動かし方がつかめてきた。これなら予定どおり1週間ちょっとで退院できるなと思ったが、落とし穴が待っていた。
 オレ、「10人にひとりかふたり」になってしまった。脊髄注射の副作用だか後遺症だかの偏頭痛が出ちゃったんだよ。上体を起こしたままでいると偏頭痛が始まるんだよね。20分程度なら起きていてもなんともないから、食事をしたり一服したりするのに不自由はないんだけどね。
 入院費用がかさむのはイヤだけど、無理に退院して偏頭痛に一生つきまとわれるのはもっとイヤなので、よくなるまで病院でおとなしくしていることにした。そのとき仕事をしていた編集プロダクションに「1週間くらい退院が遅れるかも」って電話したら、入院前に入稿まで編集作業を進めていた交通事故の判例の本のゲラが送られてきた。ざっと校正して2、3日で送り返してくれだって。まあ、寝っころがっててもできるからいいんだけど。
 ちなみにT先生によると偏頭痛の原因は、
「本当にお気の毒としかいいようがないです。これは想像ですが、体を起こすと、おそらく脊髄注射であいた穴から髄液がピョッと出るんでしょう」
 ということらしい。髄液がピョッだなんて、あまり想像したくない。

 偏頭痛は数日ほどでなくなった。入院から13日後の7月9日に退院することになり、外出許可をとって金をおろしに外に出た。めちゃめちゃ暑い。入院費用(手術代ほかもろもろ含む)の11万5000円(だいたいこれくらいだったと思う)とさしあたっての生活費2万円をおろしたら、預金残高は16万円ちょっとになってしまった。2カ月後には、交通事故の本を編集したギャラが入ってくるからなんとかなるか。
 退院して10日後くらいに銀行のCDコーナーで金をおろしたら、20万円振り込まれていた。オフクロだ。金に困ったら、今度はどこを手術しようか。

△      △     △

 手術後、最低でも1年、できれば1年半くらいは筋肉トレーニングなんかの激しい運動はやめといたほうがいいと言われていたので、当時よく行ってたキャンプもガマンしておとなしくしていた。
 1年半経ってから筋トレを始めた。
 腕立てやスクワットは別に問題ないけれど、腹筋運動はさすがに慎重になる。
 あおむけに寝て、せっかく手術した脱腸がまた出たりしないように、左の脚の付け根を手で押さえながら腹筋運動を始めた。
 1か~い、2か~い、3か~ボグっ!
 ……あちゃー。

前略 おふくろ様
 今度は右です。信じてくれますか?

一応完

2013年5月14日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その12

第三の痛み

 病室から先生と看護婦の気配がしなくなってすぐ、オレはゆかたの前をはだけ、T字帯をめくった。メスを入れた箇所がどうなっているのか見たかったのだ。でもまあ、当然のことながら、キズ跡がモロ出しになっているわけもなく、ショートホープくらいの大きさのガーゼがバンソーコーで貼り付けてあった。
 問題はウルトラマンだ。ひょっとして、焚き火のまわりで焼いている、口に串を突っ込まれたニジマスみたいになっているのかと思ったが、そんなことはなく、あくまでも口に管を突っ込まれたウルトラマンでしかなかった。ただ、管がウルトラマンの口にバンソーコーで固定されているのにはギョっとした。ただでさえナイーブなウルトラマンの、とりわけナイーブな口にバンソーコーみたいな前時代的なアイテムを貼り付けるだなんて。
 そのあと、テレビを見たり本を読んだりするうちにうとうとして、目を覚ましてはT字帯をめくってガーゼと管を確認した。何度見たって別に変化なんてないんだけど、なぜか見ずにはいられない。
 10時になった。手術から3時間が経った。少しくらいなら水を飲んでもいいって言われた時間だ。ときどき様子を見に来る看護婦も「痛くないですか」と聞いてくれるようになったし、そろそろ麻酔は切れ始めているはずなんだろうけど、痛くない。ひょっとして痛みに対して異常に強い体質なのではないだろうか、オレってカッコいいかも、なんて思って、痛み止めの錠剤は飲まなかった。
 11時。痛い。じわじわと痛い。傷口が痛いのか糸でしばった筋肉が痛いのかわかんないけど、痛い。痛み止めの錠剤を飲んだが、そりゃーすぐには効かない。10時に飲んどけばよかった。くそーっ!
 11時半。看護婦が来た。「痛み、大丈夫ですか」って聞かれて、「痛いけど、まだ大丈夫。さっき、痛み止め飲んだし」って答えてしまった。これから右肩上がりに痛くなってったら、どうしよう。
 0時。いでー、いでー、痛み止めなんてぜんぜん効かねーじゃん。みしみし痛てーよー。オレって痛みに異常に弱い体質かもしれん。あっ、今日、6月30日じゃん……。傷口あたりだけじゃなく、ウルトラマン関係もささやかに痛い。ナースコールしようかな。でもな、「大丈夫」って言ったのがたった30分前だしな。それに、日が変わって今日でオレ40歳じゃん……。もうちょっと頑張れるか……。

 0時1分。ナースコールのボタンを押した。
「どうしました?」
「あ、やっぱり座薬もらおうかなと思って」
「わかりました、すぐに行きますね」
 5秒、10秒、20秒……。なんだよ、すぐ来るって言ったじゃん! あったまくるなー、バカ看護婦!
「痛み、ひどいですか?」
 ひでーから呼んでんだよ! 2分も待たせやがって。
「うん、なんか、けっこう痛いかなって感じ」
 無理して穏やかな言い方をした。嫌われたくないから。
「ぜんぜん我慢することないですからね。じゃ、座薬お入れしますね」
「あっ、オレ自分で入れますよ」
 男の美学だ。数分前40歳になったばかりの男の美学だ。
「でも、たぶん無理だと……」
「大丈夫。痔の座薬よく入れてて、慣れてるから」
「そうですか……」
 オレは余裕の笑顔を作って、座薬を持った手をお尻に伸ばした。ぎょえ、痛てー! 黙ってても痛いのに、無理に手を後ろに回してそしてさらに伸ばしたもんだから、痛みが5割増し。
「うひぇ、いて、ひぇ、ひょっ、いて」って笑い声のような泣いてるような声が出てしまった。それでもやせ我慢して、座薬が標的に触れるところまで持っていった。でも、痛すぎて中に入れる力が出ない。
 見かねたのか、看護婦がオレの手をやさしく制止した。
「無理することありませんよ。痛いときは素直に痛いって言っていいんですから。こっちでしますから。そのために看護婦がいるんですから」
 オレは素直になった。素直な尻を素直に看護婦に向けて、素直に座薬を受け入れた。
 素直になったついでにお願いした。
「なんか膀胱なのかどこなのかよくわかんないんですけど、しくしくするような重いような感じで痛いんですよ。これって、どうにかなりますか」
 看護婦は管とフリーザーパック(Lサイズ・マチ付き)を見て、
「お小水が濃いですね。ちょっと点滴の量を増やしましょう。そうすれば、もうちょっと薄くなって出やすくなると思います。それから、管が途中で折れ曲がっていると、そこで流れが止まって出にくくなりますから、ときどき見て、折れてたら直してください」
「わかりました。それと……、あの、ここの、バンソーコー、管が引っ張られると、痛いんですよね」
「それはしょうがないですね、なるべく管を引っ張らないようにしてください」
 そりゃそうだけど。
 座薬を入れてもらってすぐに痛みがやわらぐわけじゃないが、確実に気はらくになった。明るい未来が待っているんだと思えば、今の苦しみは乗り越えられる。
 でも、やっぱり痛てー。

 時間が経つと、慢性的なじんじんという痛みが傷口の痛みで、筋肉に力がかかったときの突発的かつ爆発的痛みが脱腸手術ならではの痛みだとわかるようになってきた。
 座薬が効いてきて痛みにも慣れてきて、これだけなら眠れるのに……。
 そんなことを思いながら、折れ曲がった管をまっすぐにする。すると、膀胱あたりの重い痛みがすーっと薄れる。これで眠る体勢に入ろうとするんだけど、10分も経たないうちに重い痛み。しかたなく目をあけて、管をまっすぐにする。2時間以上もこの繰り返しをしているうちに、いつの間にかうとうとしていた。
 何分経ったかわからないけど、目が覚めかけて、すんげー重くて痛いなあ、でも眠いなあと思っていたら、急に痛みがひいた。あれ……。
 ベッドの横に看護婦がしゃがみこんでいる。管を直してくれていたのだ。
 ありがとう、やさしい看護婦さん、とオレは心の中で礼を言った。
 やさしい看護婦はちょっとがさつな看護婦でもあって、去り際に手かなんか知らんが管に引っかけやがった。
 ちっ、アホ看護婦! キミが思っている以上にウルトラマンはバンソーコーに敏感になっているんだからな!

つづく

2013年5月7日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その11

オレの筋肉はマーベラス

 手術室の両開きのドアがあいた。真ん中に手術台があって、左の壁際に心電図だとかの機器が置かれている。天井の照明は、野球のナイター設備を円形にしたような感じ。それ以外はけっこう殺風景で、ガランとしている。
 中には執刀医のY先生とT先生、奈良岡朋子みたいな雰囲気をした40歳前後の看護婦がいた。
 さっきの看護婦2名+さらに応援1名と奈良岡朋子の4名で、オレをストレッチャーから手術台に移す。かなり大変そうなので、かろうじて動く上体をねじって協力しようとしたら、「吉田さんはそのままでいいですよ」と言ってくれた。余計なことをして、作業の邪魔をしてしまった。
 所定の位置に、T字帯一丁のオレの体が納まると、体の何箇所かに心電図用の電極が取り付けられ胸には布が載せられた。これで、首を持ち上げても下半身は見えない。といっても、パックリと開けられることになるオレの体が見えないというだけで、執刀医と奈良岡朋子が何をしているかはわかる。首を左に向けると心電図のモニターが確認できる。頭の後ろには看護婦の気配。
「吉田さん、これ感じますか」
 オレの急所あたりでY先生が何かをしながらオレに聞く。
「いえ」
「じゃあ、これは」
「いえ」
「そんなら、これは」
「ぜんぜん」
 麻酔がしっかり効いているかどうかのチェックだ。最初の「これ感じますか」よりは3回目の「そんなら、これは」のほうがエゲつないことをしてるのだろう。
「お話はお聞きになっていると思いますが、手術の前に、ウルトラマンの口から膀胱までカテーテルを入れます」
 そう言って朋子は手を動かし始めた。ニコリともしない。あたりまえだ、ここでニヤニヤされたら、変な血が騒いでしまう。それにしても、麻酔が効いてるからなんともないが、想像してみると、すんごいことされてるな。もし麻酔をかけていなかったら、ウルトラマンもさぞやびっくりしたことだろう。
「それじゃあ、手術を始めますけど、気分が悪くなったりしたらすぐ言ってくださいね」
 生まれて初めての手術。でも、とくにこれといって緊張もない。オレは人一倍度胸のないほうだけど、この場合、すべておまかせ状態なので度胸もクソもない。
 先生たちも朋子(えーっと、奈良岡朋子ね)もほとんどしゃべらずに手術を進める。聞こえるのは、心電図のピコンピコンという音だけ。
 ちょっとしてT先生が、笑顔を浮かべながらオレのほうを向いた。
「吉田さんの腹筋、いい色してますね。いい筋肉です」
「ありがとうございます」
 ホメられていることはわかったので、とりあえず礼を言った。
 脱腸の手術だからかどうかわからないが、ドラマでお馴染みの、医者が「メス」と言って看護婦がすかさず渡すとか、看護婦が医者の額の汗をぬぐうなんてシーンは出てこない。
 ときどき金属音とか液体の音(血かもしれないし違うかもしれない)、それとかすかにハンバーグをこねるような音がする。
 音が聞こえるたびに、自分の腹がパックリ開いて真っ赤な内臓をいじられているシーンが頭に浮かんだ。すると、ちょこっとだけ心臓の鼓動が速くなる。どれどれと横を向いて心電図を確認するが、変化はなくて、すこし経過してから心電図がピコピコと速くなる。どうして実感と心電図がシンクロしないんだろう。
 オレの様子の変化を察知したのか、頭の後ろにいた看護婦が近づいてきて、オレの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
 その顔を見てドキっとした。下目づかい(こんな言葉あるのか知らんけど、要は上目づかいの逆)で女の人に見られるのが、オレ大好きなんだってこのとき初めて認識した。とくに、目の下の涙袋の下にできた線が好きみたい。
「だいじょび」
 うっとりしながらオレは無邪気な言い方で答えた。
 このあとも何度か心臓の鼓動が速くなってオレは不安そうな顔をつくり、そのたびに看護婦が近寄ってトキメキの下目づかいを見せてくれた。
 手術が始まってから45分くらい経った。
「吉田さん、手術はだいたい終わりです。あとは、お腹を縫うだけです」
 T先生が笑顔で言う。
「ありがとうございます」
 オレも笑顔で答える。
「どうでした? 初めての手術」
「思ったより簡単だなって、……あ、いや、そういう意味じゃなく」
「あははは、いいですよ。実際、予想以上に順調に進みましたから。人によっては、いざお腹を開けてみたら癒着が起こってたりして大変な手術になることも多いですし。それに、吉田さんの筋肉は柔らかくて弾力があるので、引っ張るにしても糸で巻くにしても思いっきりできて、楽でしたよ」
 オレは脱腸手術向きの肉体を持つ男だったのだ。
 明日から別の病院に移るY先生には、ひょっとしてもう会えないかもしれないと思って丁寧に挨拶するつもりだったが、手術台からストレッチャーに移されている最中に、「それじゃ吉田さん、お大事にね」と言われてしまって、「ああ、どうもありがどうぐないまにゅ」って返すのが精一杯だった。

 病室のベッドに戻ったのは7時すぎくらい。ひと息つく間もなくT先生がやってきて、術後のことについて説明してくれる。
「手術は成功です。なんの問題もありませんでした。今、ウルトラマンの口に入れてある管は、明日午前中に抜きます。ザワーって、ちょっとイヤな感触はありますけど、痛くはありませんから。それと、これからじょじょに麻酔が切れてきますが、痛み止めの薬を用意してあります。そうですね、3時間くらいしたら、少量の水でしたら飲んでかまいませんので、それで薬を飲んでください」
「はい、わかりました」
 と答えながら、オレの筋肉はいい筋肉だし、痛み止めの薬なんて飲まなくても大丈夫だっていう気がした。
「そうはいってもね、その薬もそんなに強いものじゃないので、やはり痛むことは痛むと思います。痛かったら我慢せずにナースコールしてください。お尻に痛み止めの座薬を入れますから」
「あはは、大丈夫だと思います」
 なんたって、オレの筋肉はいい筋肉だもの。
「それじゃ、ときどき看護婦が様子を見に来ますからね、お大事に」
 そうT先生が言い終えると、看護婦がベッドのまわりのカーテンを閉めてくれた。

つづく

2013年4月30日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その10

フール・オン・ザ・ストレッチャー

 予定の4時よりだいぶ遅れて、脊髄注射をすることになった。そのまま手術室に運んでいけるように、病室の中でパンツを脱いでT字帯をつけ、その上にゆかたを羽織ってストレッチャーに横になる。
 いきなり脊髄注射をすると腹が立つほど痛いらしく、まずはお尻に麻酔を注射。これが筋肉注射で、すごく痛い。ちょっと腹が立った。
 麻酔が効いてきたところで脊髄注射。当然ながら、なんにも感じない。
 1時間かそこら待たされたあと、手術室へ向かう。病室からエレベーターを経由して、手術室のあるX階(何階か忘れた)まではいつも世話になっている看護婦2、3名がストレッチャーを押してくれる。エレベーターを降りたところで、X階の看護婦にバトンタッチ。患者の名前(オレの名前)とか病名、手術する部位、執刀医なんかを看護婦同士で確認しあう。このとき、ゆかたの前をあけ、左脚の付け根の脱腸部分にマーカーみたいなもので印が付けてあることも確認する。
 この「申し送り」だかなんだかを終えると、9階の看護婦チームはX階の看護婦チームに向かって「あと、よろしくお願いします」、オレには「吉田さん、何か心配なこととかあったらなんでもX階の看護婦に聞いてください。それじゃあ、手術が終わったら迎えにきますからね」と言って去っていった。オレは基本的に世話を焼かれるのは好きじゃないんだけど、なんか大事にされてるような感じで、悪い気分じゃなかった。ただ、おじいさん扱いされてるような気もした。若い看護婦たちは、患者が若い女でも、やはりおじいさんに対するように接するのだろうか。
 手術系看護婦チーム2名にストレッチャーを押されながら黙り込んでいるのもなんなので、
「執刀のY先生って、この手術が最後で明日からほかの病院に移るんだってね」
 と、話しかけた。
「えー、なんで知ってるんですかー」
 食いつきがいい。たぶん、やさしさだろう。
「だって、さっき先生が自分で言ってたもん」
 なんて感じで話していると、
「吉田さんて、手術初めてなんですよねぇ」
「うん」
「ぜんぜん緊張とかなさってないですよね」
「うん」
「すごいですよねぇ」
「そうなの?」
 何がすごいの? って言い方をしながら、じつはすんげーいい気分。調子にのって、ウルトラマンが巨大化しそうになった話までしてしまった。
「でも、そういうの、珍しくないよね」
「うん、フフ」
 と2人で顔を見合わせながら、オレの下ネタにも好感触を見せた看護婦たちだったが、すぐに、
「それじゃ吉田さん、手術の準備ができるまで、ちょっとこのままお待ちくださいね」
 ストレッチャーはとっくに手術室の前に到着していて、看護婦たちは次にやらなきゃいけないことがあるのに、オレの話につきあってくれてたみたいだ。

つづく

2013年4月23日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その9

浣腸――ビギナーの我慢の限界

 月曜日の午前5時半、看護婦に起こされる。浣腸の朝だ。
 前夜、寝る前に下剤を飲んでいるので、腹の中はゆるゆるになっているはずだ。実感はないが、たぶん、ゆるゆるだ。
 入院4日目になるけど、浣腸のために登場したこの看護婦とは初対面。浣腸のスペシャリストなのだろうか。でも、すごく若い。
 若い看護婦はオレに、横を向いてお尻を出すように指示する。クールに指示する。さすがスペシャリストだ。
 これから、という寸前に、ちょっとした笑いが欲しくて、
「やさしくしてください」
 なさけない声をつくって言うと、
「は?」
 看護婦は真顔で問い返してきた。
「あの、痔が悪いので、やさしく……」
「はあ、そうですか」
 スベった。たんなる痔のおやじと看護婦の普通の会話になってしまった、とヘコんでいるうちに作業は完了。さすがスペシャリストだ。
「すぐにはトイレに行かずに、ギリギリまで我慢してください」
 そう言い残すと、若い看護婦は忙しそうに病室から出て行った。その後ろ姿は丸みを帯びている。さすがスペシャリストだ。
 ギリギリまで我慢するように言われたので、ギリギリまで我慢しようと思う。
 でも、すぐギュルっときたので、とりあえずトイレに急いだ。個室の前でギリギリまで我慢するつもりだ。
 そうはいっても、すぐ、びっくりするくらいギュルギュルっときたので、あわてて個室に入ってカギを締めた。ギリギリになったらパンツを下ろせばいい。
 なかなか思惑どおりにはいかないもので、かつてないほどにギュルギュルギュルってなった瞬間、迷わずパンツを脱いで便座に腰掛けていた。
 この体勢でギリギリまで我慢すればなんの問題もないわけですな、と頭の中で言い終える前にダムは決壊した。病室でギリギリまで我慢してたら完全にアウトだったな。
 午前中に病室とトイレを4、5回も往復したら、腹の調子は落ち着いた。ホッとして、腹がへってノドも渇いてることを思い出したが、まもなく点滴が始まると空腹もノドの渇きも感じなくなった。
 点滴のときに、家族は何時ごろ来るのかと看護婦に聞かれた。
 だから、来ねーっつーの。

つづく

2013年4月16日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その8

「絶対領域」を獲得した中年オヤジ

 看護婦が、使い終えた2本目のカミソリを置いた。
 次の3本目が動き出した途端、ウルトラマンは「シュワっチ」とも言わずに無言のままみるみる巨大化し、ウルトラの父はバツの悪そうな表情で頭をポリポリ……。


 とはならなかった。
「あとの剃りにくい部分は、ご自分で剃ってくださいね。エレベーターの裏側に個室の浴室がありますから、ドアにかけてあるホワイトボードに都合のいい時間と名前を書いておいてください。その時間は使えますから。鏡でよく確認して、剃り残しのないようにお願いしますね」
 と言って看護婦はオレに3本目のカミソリをよこした。
 オ、オレは助かったのか?
 このときの気持ちを表現すると、「痛し痒し」。
 ……違うかもしれない。
 つるつる卵肌にくっついた細かい毛をタオルできれいに拭き取ってもらってから、パンツをはいた。オレの太ももはけっこう剛毛なので、ヒザ上20センチを境にごわごわ部分とつるつる部分が見事なコントラストを見せている。遠くから見たら、ホットパンツにヒザ上までの黒いストッキングをはいた色白のコケティッシュなおやじだ。

 夕食後、浴室で最後の仕上げ。高そうなカミソリだけあって、よく剃れるし痛くない。
 剃り終えてから、言われたとおりに鏡で確認する。きれいさっぱりつるっつるだ。ウルトラマン自身は大人だが、でも子供。大人なのに子供だ。
 クレヨンしんちゃんだったらウルトラマンを引っ張ったりして遊ぶのだろうが、オレはしない。大人だから。
 ためしに、剃っていない体の後ろ側を鏡に映してみる。
 ふーむ、毛の生えた立派な大人だ。
 今度は前を映す。ワー、つるつる、子供だ。
 もう1回後ろ、もじゃもじゃ、大人!
 前、つるつる、子供!
 もじゃもじゃ!
 つるつる!
 もじゃもじゃ!
 つるつる!
 もじゃ!
 つる!
 もじゃ!
 つる!
 ……。
 こうして剃毛の日曜日は更けていった。

つづく

2013年4月9日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その7

1998年の剃毛とウルトラマン問題

 日曜日。剃毛の朝が来た。剃毛の朝食を食べ、剃毛の午前中を過ごし、剃毛の昼食を摂る。
 午後3時、剃毛看護婦が呼びに来た。いよいよだ。
 ナースセンターの隣の処置室(準備室だったかも)に案内される。カーテンで仕切られたスペースにベッドが置いてある。カーテンの隙間から、すぐそこに別の看護婦と患者がいるのが見える。これから剃毛されるにしては、かなり無防備な状況だ。
 ベッドに掛けるように言われたのでパンツを下ろそうとしたら、「あっ、まだけっこうですよ。準備がありますから」と看護婦は苦笑いして出て行った。なんか、やる気まんまんだと思われたみたいだ。
 それから20分くらい待たされる。カミソリとシャボンの準備にそんなに時間かかるか? オレの心の準備のためにくれた20分だとしたら長すぎる。そんなにいらない。頭を冷やせということか。別に興奮なんかしてないってば。
「すみません、お待たせしました」
 看護婦はシャボンと高そうなカミソリ3本とタオルを何枚か手にしている。
 オレはベッドに横になり、心を静めるように軽く深呼吸した。看護婦はオレよりちょっと若いくらいで、ありがたいことに、見た目だけで勝負するタイプではなかった。たぶん、邪念は起こさずにすむだろう。
 看護婦がパンツを少しずり下ろし(オレのパンツね。看護婦のパンツではない)、まずは腹の毛から剃る。シャボンを塗り、ヘソあたりから下をシャッシャッと剃る。もちろん、オレの心は平静だ。さらにパンツを、うつ伏せに寝ているウルトラマンの根元というか足元まで下げる。超ローライズだ。そのローライズパンツの上にタオルを乗せる。
 これならパンツにシャボンが付くこともない。
 先ほどまでのシャッシャッという音(腹毛を剃る音)が、ズっ、ズリ、ゾリーー、ジョレに変わった。本格的剃毛の開始だ。
 つるつるすべすべの範囲がみるみる広くなっていく。
 こんなつるつるすべすべ卵肌はいつ以来だろう。
 ウルトラマンの足元ぎりぎりまで、タオルでおおっていない部分がつるつるになった。タオルの下はまだぼうぼうだ。夏になるとオフクロがノースリーブからはみ出た部分のワキ毛だけ剃っていたことが懐かしく思い出される。
 さてこのあとはどうなるのかと思っていたら、「パンツだけヒザまで下ろしますね」。
 パンツだけ?
 看護婦はタオルを押さえながらうまくパンツだけをずらしてヒザのところまで下ろしてしまった。ウルトラマンの上にはタオルだけ。次にどんな攻撃を繰り出してくるのかと身構えたら、「太ももを剃りますね」。
 なるほど。そっちは盲点だった。というか、そこも剃るって言われたことをすっかり忘れていた。
 ヒザ上20センチあたりから剃り始め、上へ上へとカミソリは移動する(途中で、カミソリは2本目へとチェンジ)。このままいったらタオルをずり上げなきゃいけない。そうなると……ウルトラマンも、彼に劣らず大事なところもアラワに……と思ったら、看護婦はタオルをハイレグ状にすることで、難しい局面を打開した。
 いくらタオルがハイレグ状になったとはいえ、隠れていて剃り残している部分はまだある。  もうウルトラマンは逃げも隠れもできない。
 でもオレは大丈夫だ! と自分に言い聞かせる。
 だが、看護婦が「失礼します」と言いながら、うつ伏せに寝ているウルトラマンをタオルごと横倒しにしてカミソリを動かし始めたとたん、ウルトラの父(オレのこと)は動揺した。それを敏感に察知したらしく、ウルトラマンが今にも眠りからさめそうになる。「彼に劣らず大事なところ」(※キンタマのこと)は当然のような顔をして、すでにタオルからはみ出している。さっきまで慎重に、はみ出さないようにしてくれてたのは何だったんだ。
 片側を剃り終えた看護婦は、今度はウルトラマンを逆側へと横倒しにした。ウルトラの父は頭の中で九九を唱え、邪念を追い払おうとする。
 だがウルトラの父はカミソリがまだ2本目であることに気づいてしまった。
(左右を剃り終えて、残った3本目のカミソリでどこを剃るかっていったら、ウルトラマンを上方向にのけぞらせてキンタ……)
 とうっかり考えてしまった。してはいけない想像をしてしまった。みだらな夢を見てしまった。
 まずい! このままではウルトラマンが巨大化してしまう。
 いつもなら巨大化して地球のピンチを救っているウルトラマンだが、今、巨大化されたらウルトラの父の大ピンチだ。

つづく

2013年4月2日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その6

見舞われて

 入院中に必要なものは事前に用意してあったが、T字帯だけはまだだったので、偵察をかねて地下2階の売店に行ってみた。ゆかたとかT字帯、耳栓なんかの病院ならではのグッズのほかに生活雑貨だとか食べ物、雑誌や文庫本も置いてある。万が一入院が長引いても不自由はしないだろう。
 T字帯は、長方形の布にヒモの付いたフンドシのようなもので、手術前後は下着を脱いだりはいたりできないので、その代わりとして使う。腰でヒモを結んで前に布をたらすだけだから、ひと昔前まで人気のあった「裸にエプロン」状態になるわけだ。前から見たらそこにウルトラマンがいることはわからないが、後ろからはウルトラマンがぶらぶらしているのが丸見えだ。

 お楽しみの夕食タイム。コンテナから自分の名札のあるトレーを取り出すと、なんか紙っきれが置いてある。

〈減塩食 塩分量1日7グラム以下〉

 でも、まずくはなかった。昼食に摂った一般入院患者用〈塩分量1日10グラム以下〉の食事とくらべるとさすがに薄味だったけど。
 ちなみにインスタントラーメンの食品成分表示を見ると、Na(ナトリウム)は2グラム以上ある。約400ミリグラムのNaが食塩1グラムに相当するので、1食で5グラム以上の塩分を摂取することになる。

 土曜日の夕方、病院の近くに住んでいるNブーと娘のYっちゃんが見舞いに来てくれた。Yっちゃんもヘルニアの手術をやったらしい。大家さんの旦那さんも脱腸やったっていうし、日本って脱腸だらけだ。8時過ぎに見舞いに来てくれたI谷さん(女の人)は、どうなのだろう。 もう何年も友達がオレのアパートを訪ねてくるということがなくなっていて、ましてや見舞いを受けるなんて経験もなかったので、かなりテンションが上がってしまった。結果、その夜の血圧は170オーバーをマーク。こりゃいかんということで看護婦は、それまでの錠剤ではなくカプセルを割り、オレの舌下に薬液を流し入れた。こうすると効きが早いらしい。

 明日はいよいよ剃毛だ。

つづく

2013年3月26日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その5

これが噂のインフォームドコンセント

 しばらくして担当医のT先生がニコニコしながら現れ、どんな手術をするのか説明し始めた。
「ここにですね、左右2つずつ穴があいていて、これは誰でもあいているんですけどね、普通はこの穴を腹筋がふさいでいるんですが、腹筋が弱くなったり、穴の上からずれたりすると、腹膜がチョロっと出てしまうんですね」
 T先生は、股間のあたりの図を描いて説明してくれる。チンコも省略せずに描く。几帳面な性格なのか、病院の決まりでチンコを描くことになっているのかはわからない。患者が女の人の場合はどうするのだろう。


「その状態で腹圧がかかると、そこに腸が出てしまうんですよね。ですから手術では、腸をお腹の中に戻して、でも、腹膜はもう戻りませんから、出ている部分を糸でしばって、そうするとこの出ている部分は自然に体に吸収されてなくなってしまいます。そして、こっちの筋肉とこっちの筋肉を引っ張ってきて穴をふさぎます。このとき筋肉を糸でぐるぐる縛って固定しますから、麻酔が切れると相当痛むと思います」
「ああ、痛いんですか……」
「はい。そのときは看護婦を呼んでいただければ、痛み止めの方法はありますから、そんなにご心配なさることはないですよ。それから、退院してもしばらくはお腹に力を入れないようにしないと、痛みがあります。たとえば咳やくしゃみなんかをするとかなり痛みます」
「ああ、しばらくは痛いんですか……」
「はい。手術にはほかの方法もありますが、吉田さんくらい若いと、この方法がやっぱり確実なんですよね」
「あまり若くもないですけど……」
「若いです。年齢を召された方だと、筋肉が対応してくれないんですよ。吉田さんくらいの年齢でしたら問題なく筋肉が元どおりになりますから」
「そうですか……」
「これで手術は終わりです。あとは、お腹の傷口を縫うだけです。縫う方法としては、あとで抜糸が必要な糸を使う場合と、溶けてなくなる糸を使う場合がありますが、傷口は3センチほどですし、目立たない場所ですから、今回は、あとで抜糸する糸を使います」
「それじゃ、傷痕は残るんですか」
「いえ、いずれはきれいになりますよ。ただ抜糸が必要かそうでないかの違いだけと考えていただければいいと思います。それに、抜糸自体も簡単ですから」
「わかりました」
「それとですね、麻酔は脊髄注射を行います。胸から下が足先まで感覚がなくなりますが、意識はありますから手術室の様子も見えますしお話もできます」
「えっ、切ってるところが見えるんですか?」
「胸のところに布を置いて隠しますから、首を持ち上げたくらいでは見えませんが、どうしても見たいとおっしゃるなら、見えるようにしましょうか?」
「いや、それは、け、けっこうですけど」
「あと、手術の前には、下剤と浣腸でお腹の中を空っぽにしていただくのと、手術時にはオチンチン(※この言葉、このあとたびたび登場して、人によっては下品と感じるかもしれないので、以後「ウルトラマン」と表記します)の先からですね、膀胱まで管を入れて、これくらい(フリーザーパックのLくらい)のビニールの袋に尿をとります。万が一手術のときに尿が出たら面倒ですし、人によってはショック症状があって、麻酔がさめても一時的に尿をコントロールできなくなる場合がありますのでね。何も問題がなければ、次の日には抜いてしまいますから、そんなに面倒な思いはしないでしょう」
 脊髄麻酔を打って手術するときはウルトラマンに管を入れるってことを、たぶん、とんねるずの貴明がテレビ言っていた。「こんなに長く入れるんだぜ」って。その長さにはビビったが、痛さに関して貴明は何にも言ってなかった。


「これは、可能性は低いんですが、脊髄注射の副作用というか、なかには、手術後何日かたって偏頭痛が出る方がいらっしゃるんですよね」
 うわっ、ウルトラマンに管入れるよりよっぽどイヤだ。
「体を起こしたままで何十分かすると頭痛がするんですね。そうなるともう、寝ているしかなくて。無理に起きて退院してしまったりすると、一生偏頭痛に悩まされることになりますので、しばらく安静にすることをおすすめします。そうなると退院まで、ちょっと時間がかかることになりますね。まあ、10人にひとりかふたりというところですので、まず大丈夫だとは思います」
 基本的にオレはいつも多数派に属していて、少数の選ばれし人間になったことはないので、そんなことにはならないだろう。


「それじゃ、今日金曜日と明日土曜日は特にこれといってすることもないので、ゆっくりしてらしてください。それで、手術前日の日曜日になったら剃毛していだきます」
 日曜日からは、つるつるだ。
「それから、夜、寝る前に下剤を飲んでいただいて、それ以降は飲食しないでください。月曜日、手術当日は朝早く浣腸をして、お昼前から点滴を開始します。これで喉の渇きは感じないはずですから。で、手術の時間によって多少前後しますけど、4時くらいには脊髄注射をします。それでいよいよ手術本番という段取りですね。もしわからないこととか不安なことがあったら、いつでもどんなことでもかまいませんから、看護婦に聞いてください。看護婦にわからないことは私のところにきますから、きちんとお答えします」
「わかりました。よろしくお願いします」
 T先生の話はていねいでわかりやすかった。けど、笑えるネタはなかった。長々と読んでもらってゴメンね。

つづく

2013年3月19日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その4

病棟デビュー

 1998年6月26日午前10時。
 外来診察室前のベンチには、この日入院する患者たちが集まっていた。大きめの荷物を持っているし、みんな2人連れなのですぐにわかる。2人連れのどっちが入院するのかはわからないが、いずれにしてもおっさんとおばさんと、おじいさんとおばあさんと、もっとおじいさんとおばあさん。オレもおっさんだけど、このなかでは一番若い。
 看護婦が自己紹介してから、この日入院する患者の名前をひとりずつ呼んだ。オレの番がきて返事をすると、
「吉田さん、付き添いの方は?」
 と聞いてきた。
「はい。ひとりです」
 オレは、自慢げに言った。


 外来の南側にある別棟9階の外科病棟に連れて行かれ、ナースセンターの前で病棟の設備についての簡単な説明を受けてから、ほかの患者たちもオレもそれぞれの病室におさまった。
 オレの病室は、ナースセンターの前を通って一番奥左の911号室。6人部屋だ。中に入ると、約1メートル幅の通路の左右にベッドが3台ずつ並んでいる。入ってすぐ左がオレのベッド。隣には、じいさんが寝ていた。入り口を入ってすぐ右側のベッドはカーテンが閉め切ってあって、どんな人がいるのかわからないが、ときどきうめき声が聞こえる。あとでその人と話をしたら、工事現場で重機に挟まれヒザの骨がぐしゃぐしゃになって緊急手術をした翌日だったらしい。あとの3人のことは覚えていない。
 911号室と廊下をはさんだ向かい側は女の人の病室で、おばさんとおばあさんばっかりだけど、ひとりだけ若い女の人がいた。パジャマ姿の若い女の人を見るのは久しぶりだ。パジャマ姿の若くない女の人を見るのも久しぶりだった。
 午前中は、問診票に記入するくらいで本格的な診察もなく、すぐ昼食の時間になった。オレは作務衣姿でデイルームに行き、自分の名前のあるお膳をコンテナから取り出してテーブルについた。一番乗り。ちなみに、パジャマじゃなく作務衣にしたのは、もともとパジャマを着る習慣がなかったし、スーパーで作務衣を安売りしていたからだ。あとで親しくなった看護婦に、「吉田さんはソバ職人らしいよ、ってうわさされてたよ」って聞かされた。これはウソ。
 ご飯は炊きたてとはいかないにしても、そこそこ温かかったし、おかずも5品くらい付いている。味も問題ない。自分ではいつも2品くらいしか作らないから、それと比べてもうれしい食卓だ。いまどきの病院食はずいぶんよくなっているんだなと思ったけど、この何年か後に友達のNブーが骨折で入院したK病院の食事を見て、病院によってまるっきり違うんだなってわかった。K病院では、丼物(漬物も丼の中に入っている)か、小学生がキャンプで使うような仕切りのある皿にゴハンとオカズを盛り付けるっていうパターンのどっちかだった。
 午後になって看護婦に、3種類のバンソーコーを腕に貼られ、2種類の抗生剤を皮下注射された。相性だかなんだかを見るんだとか。それから採血と、検温、血圧測定。血圧は上が150ちょっとで下が110近く。ばりばりの高血圧。
「吉田さん、血圧が高いですねー、若いのにねえ」
 看護婦が、これは困ったってな表情で言う。中年のオヤジだと自覚していたオレが、ここでは若者扱いだ。それはいいとして、血圧が高いままで手術するのは問題があるらしく、血圧を下げる薬(錠剤)を飲まなきゃいけなくなった。

つづく

2013年3月12日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その3

関係各方面への脱腸手術宣言

 アパートに帰り、病院で渡された「入院のしおり」に目を通すと、「各ベッドにカード式テレビが備えてあります」とある。よかった。サッカーのワールドカップ(フランス大会)が見られる。
 夜になって、田舎に電話をした。
「もしもし」
 オフクロが出た。
「もしもし、オレ」
「ああ、徹(実名)。なに、どうしたの。お金なぐなった?」
 金はいつもない。それはそれとして、3年に1度くらいしかオレからは電話をしないので、オフクロはちょっとうれしそうだ。
「あのさ、今度脱腸の手術するんだよ」
「脱腸? あっはっはー、このあいだMG(姪っ子)もやったばっかりだ」
「へえ、そうなんだ」
「そうなのさ。なんだが、ちゃっちゃっちゃって、1週間もしないうちに退院してきたっけ」
「手術、簡単みたいだもんね」
「そうだったよ」
 この1、2年前に、アニキが脳になんかができて目がよく見えなくなったりあれやこれやで、けっこう大変な手術をしていた。手術後も、運動能力が完全に復活したわけではないらしいけど、とりあえず日常生活にはそれほど支障がないようだ。そんなわけで吉田家では、脱腸の手術はなんてことない。
「それでさ、同意書に家族のハンコを押してもらわねばダメなんだって。送るからハンコ押して送り返して」
「何? ハンコ押せばいいの? わがった。……お金はあるの?」
「うん。……なんとかなるんじゃねー」
「ふーん。ご飯食べてるの? ワカメとかソバとか送るか?」
「すぐには送らなくていいよ。退院したらまた電話するがら」
「うん、電話しろ」
 それから数分、オフクロは、アニキがどうだの近所の誰それがなんだとかって話をしたあと、聞いてきた。
「どれぐらいお金かかるの? 20万? 30万?」
「手術代と入院費用合わせて10万円くらいだって」
「ああ、そういえばMG(姪)のときもそれぐらいだったっけかな」
「んじゃ、同意書送るから、ハンコよろしく。じゃーね」
「はいはい、じゃーね」
 たぶん、オフクロは金を送ってくる気だ。


 手術したあとは当分風呂に入れないだろうと思って、髪を短くしに散髪屋さんに行った。
「いつも9ミリのバリカンだっけ」
「そうでしたっけね」
「じゃあ、今回は7ミリのバリカンで、いつもより短めにしようかな」
「すぐ、伸びますからね」
「うん……。ちょっと、短くしたい事情もあってさ」
 金が10万円もかかるのはヤだったけど、手術することをちょっと自慢したくて話をそっちのほうに持っていこうとした。普通なら、こんな言い方されたら、何があったか聞きたいよねぇ。でも……。
「そうなんですか」
 だってさ。
「うん。風呂にも入れなくなるだろうから」
「短くすると、顔と一緒に洗えますから、入らなくていいかも、あっはっは。前髪はどうします?」
 確かに前髪は大事だ。でも、風呂に入れない事情は聞きたくないわけ?
「前と上は、立つか立たないかくらいで」
「サイドと後ろは、上まで刈り上げちゃっていいですよね」
「うん」
 理容美容業界には、客のプライバシーをあれこれ聞いちゃいけないという決まりでもあるのか、話にのってこない。たとえば十円パゲができていても、客に聞かれない限り、「ここにハゲがある」って言っちゃいけないって、以前おばちゃんは言ってた。かつては町の情報収集発信基地みたいな役割を果たした時代もあったっていうけど、今はなんかいろいろと気をつかわなきゃいけないみたいだ。
「今度、手術するんだよね。それで、風呂に入れなくなるだろうから、短くしようかなと思ってさ」
 しょうがないので、自分から話した。
「どっか悪いの? 大変ですねぇ」
「悪いっていうか別に病気じゃないんだよね。脱腸の手術」
「ああ、今はあんまり脱腸って言わないんじゃないですか。ヘルニアでしょう」
「うん。鼠径ヘルニアだって。でもヘルニアって言われてわかる?」
「わかりますよ」
「そうなんだ。へー」
「うちのお客さんでも、けっこう多いですよ、ヘルニアの手術した人。それに病気じゃないって言うけど、最近も、大変な手術になったっていうお客さんいましたよ。バイクかなんかに乗ってて軽い事故起こしてね、別にケガをするほどの事故じゃなかったらしいんだけど、ちょうどヘルニアで腸が出ているところに当たったんだって」
 まあ、これも客のプライバシーだけど、70歳くらいのジイさんの話だし、ジイさんが自分から話したネタだからいいか。……ネタって。
「へえ、そうなんだ」
「うーん、それで腸が破れただかなんだかで死ぬところだったって言ってましたよ。何が起こるかわかんないですからね、早く手術したほうがいいですよ」
「うん」
 このあとは、いつものように世間話になった。散髪屋のおばちゃんとは共通の話題が多い。なんやかんや話しているうちに、髪はさっぱり仕上がった。
「もみあげは、どうします? 途中でカットして、境目をきっちりつけるか……」
「うーん」
「それか、えーと、……先のほうをシュってするか」
「シュって?」
「なんていうか、こう、シュって」
「ふふ、んじゃあ、シュってして」
 ってなわけで、オレのもみあげはシュっとなった。


 月末は留守にすることになるので、前もって家賃を払っとこう。大家さんの家はアパートの隣にあるので、往復30秒もかからない。
「あら、吉田さんどうしました?」
 月末の支払日以外にオレが訪ねることはないので、大家さんの奥さんは意外そうな顔をしている。
「ちょっと入院することになったんで、早めに家賃をお支払いしとこうと思いまして」
「入院を? どうしました?」
「あの……だっち、……へ、ヘルニアの手術するんで」
「ヘルニア?」
「はい」
「……」
「……」
「あーっ! ダッチョね」
 なんか、恥ずかしい。はじめっから脱腸って言えばよかった。

つづく

2013年3月5日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その2 剃毛と銭湯問題

剃毛と銭湯問題

 パンツを下ろしてふくらみを見せると、医者は軽く触ってすぐに言った。
「ヘルニアですね、鼠径そけいヘルニア。昔の言い方だと脱腸」
「ああ、はい、へへ」
 やっぱりかよと思ってがっかりしつつ、半笑いを浮かべてしまった。
「いつにします?」
 なんか急展開。
「あの? へへへ」
 でも半笑いはキープ。
「手術。手術しないと完治しないんですよ」
「ああ、はい」
「手術は初めてですか?」
「……はい」
 半笑いには、すでに力がなくなっていた。
 オレが余裕の対応をしているわけじゃないってことがわかったらしく、医者はなぐさめるように言ってくれた。
「簡単な手術ですよ。内臓を切るわけじゃないですから、盲腸の手術よりよっぽど危険は少ないです。まあ、切るわけですから、100パーセント安全ではないにしてもね」
「あの、お金はどれくらいかかるんですか?」
 金は、一番大きな問題だ。
「手術自体は簡単なので、手術代はそれほどかかりません。あとは入院費用ですね。初めての手術でも、1週間かそこらで退院できますから、そんなにはいかないでしょう」
「だいたい、いくらくらいに……」
 「ちょっと正確な金額は私、アレなんで、あとで1階の医事課で聞いていただけますか」
 医者にとって、金はそれほど大きな問題ではない。
「ああ、はい、わかりました。それと、あの……」
「なんでも聞いてください。初めての手術は不安なもんですからね」
「ここらへんの毛は、剃るんですか」
 パンツをおろしたまま手のひらをヒラヒラさせ、もじゃもじゃのあたりを指し示した。これは、2番目に大きな問題だ。
「そういうことになりますね。おへそのあたりから太ももの中ほどくらいまで、けっこう広い範囲を剃りますね」
「そうなんですか、っはぁ」
「3カ月もすれば元どおりになりますよ」
 ニコニコしながらそう言う医者は、オレのアパートに風呂がないなんてことは想像もしない。もじゃもじゃしてるはずの場所がつるつるしてたら、銭湯では絶対に注目を浴びる。そんなつるつる男がいたら、オレだって見る。
「その間、銭湯には……」
「銭湯? まあ、銭湯は我慢ですね」
 つるつるで銭湯に行ったらまずいだろうということをわかっている医者は、オレが趣味で銭湯に行くわけではないことをわかっていない。
「どうします? なんだったらこの場で手術の日にちを決めますか」
「はい」
 オレって理解が早いでしょ? って感じの返事を返した。もう、しょうがないから。
「それじゃあ、えーと、6月の29日はどうです。月曜日。入院も手術も初めてということで、いろいろ検査をしなきゃいけないんで、ちょっと早いんですが、26日の金曜日に入院していただいてよろしいですか」
「はい……、わかりました。それでお願いします」
 それから看護婦に別室に連れて行かれて入院のシステムや事前に用意しなきゃならない物の説明を受け、いろんなことが詳しく載っているパンフレットをもらった。入院当日だか手術の日だかに、家族が手術同意書に記入し捺印しなければならないみたいだ。でも、家族は田舎にいて、来られない。というか、脱腸の手術くらいで呼ぶつもりはない。そう説明すると、看護婦は「えっ? このひと何?」って顔をした。それからちょっと待たされて、婦長さんらしき人からOKが出たようで、郵送して書名捺印してもらえばいいということになった。ひとり暮らしの人が手術するのって、そんな珍しいのか?
 帰りに医事課に寄って料金を聞いたら、3割負担の国民健保の場合、手術費用と入院費用、食費なんかを合わせて、1週間でだいたい10万円。予想していたよりは安い。でも、ほっとするほど安くもなかった。10万円あれば、家賃を入れてもひと月楽勝で暮らせる(当時)。

※手術する医者の考え方にもよるだろうが、現在では、剃毛に起因する感染症を避ける意味でも、剃毛は行わないのが普通だそうだ。短く刈り込むのかな。

つづく

2013年2月26日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その1 裏目った腹筋運動

はじめに

fc2ブログ版『馬鹿の手帳』に、2008年3月15日から2008年6月6日にかけてアップしたネタです。ネタっつーか、実話です。

◇  ◇  ◇  ◇


裏目った腹筋運動

「80歳まで20本の歯を残しましょう」っていう歯科業界のキャンペーン広告を新聞だかなんだかで見て、80歳まではとても生きられないけど、とりあえず歯を丈夫にしなきゃという気になった。だいぶ前のことで、キシリトール・ガムなんて便利なものはないし、プラークコントロールっていう概念もなかったので(あったかも)、カルシウムをたっぷり摂る以外にない。
 嫌いじゃないし簡単だから、煮干を1本、2本と食い始めた。そして3本目。  ゴキっ!
 あまり口の中ではしてほしくない音がした。カラがまぎれこんだカキフライを食ったとき以上のイヤな感じ。
 舌で口の中をぐるっと探ると、左下の奥から2番目の歯があるべきところに舌先がスポっと入り込んだ。だいぶ前に治療してあった奥歯が、半分なくなっていた。
 いわゆる「裏目った」ってやつだ。相当ヘコんだ。のちに、半分残った歯が歯周病の原因となり、臭かったり痛かったり熱が出たりといろいろあった末に抜歯。このときの発熱と風邪のせいで、行く予定だったフジロックにもサマーソニックにも行けなくなった。
 今から10年ほど前(1998年)、39歳のときには、奥歯破損事件以上にヘコむ出来事があった。
 ハードに腹筋運動をしていたときのことだ。
 肉体改造計画が始動して2年目で、毎日まじめに腹筋運動をしていたが、ヘソから上の脂肪はそこそこ落ちているのに、ヘソから下がまるで女の人の下っ腹みたいにポッコリと出たまま。毛も生えている。
 ヘソ下に最も負荷がかかるにはどうすればいいかと、あっちを押したりこっちを引っ張ったりしていて、効果のありそうな体位というか運動を見つけた。まず、あおむけに寝て、上体を起こすと同時に両脚を上げる。いわゆるV字姿勢だ。ここから両手を太ももにあて、その力に逆らうように両脚を思いっきり跳ね上げる。こうすると、たるんだ下っ腹の中の腹筋がパッキーンと硬直するのがわかる。脂肪の薄皮(厚めの薄皮)があるので見た目にはそれほど変化していないが、でも、わかる。
 その状態をキープできる限界は5秒ほどだったけど、20回もやれば相当効果があるはず。 1回、2回とやって3回目。
 ボグっ!
 あまり急所まわりではしてほしくない音がした。急所まわりでしてほしいのは、もっと別の音だ。
 別の音の話はいいとして、左太ももの付け根のリンパ腺あたりに違和感がある。ちょっとふくらんでいる。痛みはない。でも、もしリンパ腺が破裂してリンパ液が流れ出してふくらんでいるのなら、かなりヤバいはずだ。リンパ腺だぞ。腺という字が関係した異変が起こると誰だってビビる。
 あんまり恐いので、見てみぬふりをしようかと思った。
 見て見ぬふりは得意だ。小学生の頃、真夜中に目が覚めるとオフクロが苦しんでいる。恐いので寝たふりをしたまま布団の中で固まっていた。間もなく、タクシーの運転手らしき人(一瞬だけ薄目で確認した)とオヤジがオフクロをかかえ起こして部屋から出て行く気配がした。ああ、ヤバいヤバいとビビって、そのくせそのうち眠ってしまった。大人になってオフクロに、「あのときオレ、起きてたんだ」と発表したら、すんげー冷たい目で見られた。
 左太ももの付け根のふくらみがリンパ腺関係じゃなくてどうやら脱腸らしいってことが3日後くらいにわかった。図書館で見た本には「手術をしなければ完治しません。絶対に!」と書いてある。小学校に上がる前に、体中のどこでも触ったところの皮がペロってめくれる「てんぽうそう」(たぶん「天疱瘡」と書く)とかいう病気にかかったことがあって、入院経験はこの1回だけ(小児結核で入院したとオフクロから聞かされていたが、自分には記憶がない。オレのおやじ方の親戚の結核のおっさんがついオレを抱いてしまったのが原因で、「それを止められなかったオレが悪がった」と言ってオフクロが複雑な顔をするのでカッコの中に入れておく)。手術はもちろん未経験だ。体にメスを入れることは別にどーってことなかったが、金がかかりそうなので、めちゃめちゃヘコんだ。
 それでもメンドくさいのですぐには医者に行かずに、ふくらみを手で押し込んで「このまま治ったりして」なんて淡い期待を抱いて、で、ちょっと腹に力が入るとボコって腸が出て、「やっぱムリに決まってんじゃん」ってことを1日に何度も繰り返していた。 結局、2週間くらいして新宿のJ病院に行った。

つづく