2014年2月20日木曜日

老いと若さをめぐる名言10

モンテーニュ
自分の悲惨と悲痛を、世間と道義のすたれたせいにして、昔を讃え、現在をけなさないような老人が一人でもいるだろうか。
 今のうちに、ほめたたえる昔をつくっとかないとヤバいな。もう手遅れだったりして。オレ、磯野波平の1コ上だし。
出典:ルネサンス後期のフランスの政治家・思想家モンテーニュ(1533~1592年)の『エセー』(原二郎訳/ワイド版岩波文庫)より。
初出:2008年8月15日

2014年2月17日月曜日

馬鹿をめぐる名言51

ウィトゲンシュタイン 1
わたしたちの最大の愚かさは、きわめて賢明なものである場合がある。
 その“わたしたち”の中にあっしは入ってやすかい?
馬鹿がニヤニヤ笑った顔をしていると、わたしたちは「馬鹿はまるで悩みなどない」と思ってしまうのだが、馬鹿は馬鹿なりに、利口な人間とはちがったところで、悩みをもっているのだ。馬鹿には、いわば頭痛はないが、それ以外の苦しみは、人並みに味わっているのである。
 そんなことばっか考えてんのか?
出典:ケンブリッジ大学でバートランド・ラッセルに学び、その後いろいろあったもののイギリスでブイブイいわしたウィーン生まれの哲学者ウィトゲンシュタイン(1889~1951年)の未刊行のメモを集めた『反哲学的断章』(丘澤静也訳/青土社)より。
初出:2008年7月21日

2014年2月14日金曜日

ひとり大喜利「ひとり喜利」/こんな神様はイヤだ。どんな神様?

こんな神様はイヤだ。どんな神様?
█ お題 こんな神様はイヤだ。どんな神様?
回答
「人は人、神は神」が口癖だ。
いまどきの神なのかな。
█ お題 こんな神様はイヤだ。どんな神様?
回答
バチの当て方がヘタ。
たくさん当てて、うまくなれ。
█ お題 こんな神様はイヤだ。どんな神様?
回答
人間嫌い。
そういうのは伝わるから。
█ お題 こんな神様はイヤだ。どんな神様?
回答
上半身が人間で、下半身が丸出しだ。
人間じゃねーか。
█ お題 こんな神様はイヤだ。どんな神様?
回答
自分史を書き始めた。
ほかにやることあるだろうに。じゃ、また次回。

2014年2月12日水曜日

ダジャレにひと言41 さかな

お題:ダジャレにひと言足して、なんか悲しいダジャレを作ってください。悲しくなくてもいいですし。
さかなかな? このニオイ
ごめんなさい、わたし、人魚だから。
上半身はなにくさいの?

2014年2月10日月曜日

馬鹿をめぐる名言50

フェルナンド・ペソア
人はなにも知ることはできないし、思考は森羅万象の輝きを奪う。だから、われわれのうちで欲望や期待を消し去り、世界を説明しようとするちっぽけな野心や、世界を良くしたり支配しようなどという馬鹿な企てを起こすのは止めたほうがよい。すべては無なのだ。
 お腹すいてるんでしょ、こっちきて、ごはん食べなさい。ごはん食べれるうちは、大丈夫だから。すべてが無なのはさ、それはいいのさ、それはね、いいから、ごはん食べなさい 。ほら、梅干もあるし、足りなかったら瓶詰めでも開けるか? ウニはさすがに高いからアレだけど、海苔の佃煮もあるし、えっ? いらない? 和食ダメだったんだ!! そうかそうか、あんた、フェルナンドだもんね。
出典:虚無に彩られた警句風の言説が頻出する、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソア(1888~1935年)の散文作品「不穏の書」(『不穏の書、断章』澤田直訳/思潮社/2000年)より。
初出:2008年7月14日

2014年2月6日木曜日

老いと若さをめぐる名言9

サキャ・パンディタ 2
自分の力が整わない
その間は敵を敬い
力がそなわったら好きにせよ
と他の論書にある。
 オレは、力がそなわろうがそなわるまいが、敵とは遠く離れていっさい関係を持ちたくない派です。
出典:今回もサキャ・パンディタの『サキャ格言集』(今枝由郎訳/岩波文庫)より。
初出:2008年8月13日

2014年2月4日火曜日

東京ドメスティック 13

マイ共同便所

 オレのアパートには4部屋あって、そのうち3部屋は倉庫として使われている。住んでいるのはオレだけ。だから共同便所は、“共同”とはいっても、実質的にマイ便所だ。壁一枚をへだてた隣が便所であり、距離的にもマイ便所と呼んで差し支えない。自分の部屋の窓を開けて左を見ると、約90センチ先に便所の小窓がある。だから、ウチに遊びに来た友達が用を足し終えて「おーい吉田~、紙ねーぞ」ということになったら、傘のさきっぽにトイレットペーパーをぶら下げて渡したりもできるのである。


 数年前は4部屋すべてに人が住んでいた。
 控えめに言ってもみなおっさんで、酒飲みの下痢っ腹じじいばかりだった。
 部屋にいると、用を足す音が臨場感たっぷりに聞こえてくる。
 たとえば、
「ブリュッ、ブリ、ブリリッ」
 あるいは、
「う~~~~~~~~~~ブバッ!」
 はたまた、
「サラサラサラサラサラ」


 糞ったれじじいたちは3人3様の汚し方をした。
 Y中さんは、和式便器内の2、3方向に向かって勢いよく汚し、さらに便器のヘリ(おもに右側)に、ちょろっと足跡そくせきを残す。以前は便器の中だけを汚していた。便器のヘリにウンコを乗っけるようになったのは大腸ガンの手術を受けてからだ。
 Y中さんは汚れた便器をそのままにしておくので、オレが掃除する。
 Y中さんはすごく顔の怖い人で、ちょくちょくアパートの窓を開け、向かいのカラオケスナックや道行く酔っ払いに怒鳴り声を浴びせていた。そんな怖い人に「自分で掃除してください」とか、そんなこと言おうなんて気にはならない。銭湯で会ったら背中に絵が描かれていて、その絵が線画っぽかったからといって、「塗り絵ですか?」なんて聞けるはずもない。


 U田さんは、顔はやさしげだったが、やはり怒鳴る人だった。携帯電話で話しながら便所に入り、出すものを出し、電話の相手に怒鳴り、出し、また怒鳴るという感じで忙しかった。Y中さんより頻度は少なかったが、U田さんも便器の外(おもに左側)を汚す人だった。便器の左側のヘリにぺちょっと残されていた。U田さんは左利きだ。紙を持った左手を斜め後ろから尻へと回し、かたや拭かれる側もお尻のほうからお迎えに、ということで肛門が便器の左側のヘリの上まで来たところでうんちが落下し一瞬遅れて紙が肛門に、とういうことなのだろう。
 で、U田さんが汚したあともオレが掃除する。U田さんには勝てそうな気がするが、人によって態度を変えるのも面倒だし。


 A藤さんが汚すのは便器の内側だけだった。だが、音に関してはいちばんインパクトがあった。ものすごい破裂音だった。A藤さんの後に便所に入ると、散弾銃でも打ったみたいに便器内一面に飛び散っていた。破裂音の大きさに見合うだけの汚れっぷりだった。
 A藤さんが発するのは、下からの音だけじゃなかった。ちょくちょく、上の口からも強烈な音を発した。
「オロオロオロオロロ~、はあはあ、ペッ!」
 A藤さんがゲロるのは朝であり、その時間帯はオレの食事の時間でもあった。
 オロオロの音を発するA藤さんと、その音を聞きながらメシを食うオレ。
 1枚の壁をへだてた向こうとこっちで、口の使い道が正反対の2人なのでした。

初出:2010年11月4日

2014年2月3日月曜日

馬鹿をめぐる名言49

ローベルト・ムージル 3
かなり野心的な小説で、ほとんど匿名の読者のあいだをしばらく貸本として回覧された本の欄外に見出される書き込みを、どうかご欄になっていただきたいものです。読者が作者と二人だけになれるここでは、読者の判断が好んで「馬鹿!」という言葉で表現されたり、「低能!」「ナンセンス!」「度しがたい阿呆!」などという、愚かさと同等の言葉で表されたりします。
「馬鹿! 低能! ナンセンス! でも好き」とか言われてみてーな。
出典:そしてまた今回もローベルト・ムージルの『ムージル・エッセンス ――魂と厳密性』(圓子修平・岡田素之・早坂七緒・北島玲子・堀田真紀子訳/中央大学出版部)の中から、1937年に行なわれた講演「愚かさについて」(岡田素之訳)より。
初出:2008年7月9日

2014年1月31日金曜日

ひとり大喜利「ひとり喜利」/次のことわざを完成させなさい。「豚に〇〇」。

次のことわざを完成させなさい。「豚に〇〇」。
█ お題 次のことわざを完成させなさい。「豚に〇〇」。
回答
豚に牛のうまさを教わる
教わらなくてよし。
█ お題 次のことわざを完成させなさい。「豚に〇〇」。
回答
豚にも引けを取らぬ
食べる量? 肥満の具合?
█ お題 次のことわざを完成させなさい。「豚に〇〇」。
回答
豚にリードをゆるす
いい勝負をしてどうする。
█ お題 次のことわざを完成させなさい。「豚に〇〇」。
回答
豚によりけり
何だってそうだぞ。
█ お題 次のことわざを完成させなさい。「豚に〇〇」。
回答
豚になって知る豚の恋
なんか、うるせーな。じゃ、また次回。

2014年1月29日水曜日

ダジャレにひと言40 坂本龍馬を斬る

お題:ダジャレにひと言足して、なんか悲しいダジャレを作ってください。悲しくなくてもいいですし。
笹かまと龍馬を切る
いやいや、笹かまは切らなくていいですよ。
笹かまじゃなく龍馬のほうを気にしてあげて。
初出:2012年5月23日

2014年1月27日月曜日

馬鹿をめぐる名言48

ローベルト・ムージル 2
誰かに面と向かって、あなたは天才だとか聖者だとか述べたりすれば、それは自分自身に関してそう主張するのとほぼ同じく、言語道断なことでしょう。
 面と向かってあなたは天才だとか神だとか言われたら、こう返そう。

「うるせー」
出典:今回もローベルト・ムージルのエッセイなどを集めた『ムージル・エッセンス ――魂と厳密性』(圓子修平・岡田素之・早坂七緒・北島玲子・堀田真紀子訳/中央大学出版部)の中から、1937年に行なわれた講演「愚かさについて」(岡田素之訳)より。
初出:2008年7月9日

2014年1月24日金曜日

老いと若さをめぐる名言8

サキャ・パンディタ 1
人は長寿を願いつつ
老いを恐れる。
老いを恐れつつ長寿を望むのは
愚者の邪見である。
 老いて愚かになる。
 恥じるまい。
 愚か者でいこう。
出典:モンゴル帝国が拡大を続けていた時代のチベットで政治家として活躍し、さまざまな学問分野でも多数の著作を残したサキャ・パンディタ(1182~1251年)の『サキャ格言集』(今枝由郎訳/岩波文庫)より。サキャというのはもともとは地名(中央チベットの西に位置している)で、ここに本山を構えた仏教の一派がサキャ派となり、その開祖のひ孫がサキャ・パンディタ。
初出:2008年8月13日

2014年1月20日月曜日

馬鹿をめぐる名言47

ローベルト・ムージル 1
愚かさについて語ったり、あるいはその種の会話に居合わせて利益を得ようとする者は、いずれも自分は愚かでないと思いこんでいるに相違ない(中略)、したがって賢いと思っている自分をひけらかす(中略)。もっとも、そんな真似をするのは一般には愚かさのしるしとみなされるものですが!
 自分を賢いと思っているかどうかは、人に対してああしろこうしろ、ああするなこうするなと口出しするかどうかでもある程度判断できる。
出典:一部でプルーストやジョイスと並び称される――とりわけ、未完に終わった小説『特性のない男』(加藤二郎訳/松籟社/第1~6巻)への評価が高い――オーストリア生まれの作家ローベルト・ムージル(1880~1942年)のエッセイなどを集め、またムージルの生涯や作品解説、年譜、索引などもたいへん充実した――もっとも、本文は、このサイトの筆者の読解力では歯が立たなかったのだが――『ムージル・エッセンス ――魂と厳密性』(圓子修平・岡田素之・早坂七緒・北島玲子・堀田真紀子訳/中央大学出版部)の中から、1937年に行なわれた講演――講演だけあって、深い意味は別として表面的には筆者にも理解可能!――「愚かさについて」(岡田素之訳)より。えらいもんで、こんな書き方をしても本人(吉田BK)には意味がわかる。
初出:2008年7月9日

2014年1月17日金曜日

ひとり大喜利「ひとり喜利」/謙虚な人になりすまして、何かひと言どうぞ。

謙虚な人になりすまして、何かひと言どうぞ。
█ お題 謙虚な人になりすまして、何かひと言どうぞ。
回答
“世界で最も目立たない100人”に選ばれました。
明らかに自慢だな。
█ お題 謙虚な人になりすまして、何かひと言どうぞ。
回答
オレなんてぜんぜんでし。ぜんぜん酔ってないでし。
じゅうぶん酔ってるぞ。
█ お題 謙虚な人になりすまして、何かひと言どうぞ。
回答
私は、私はみにくい、私はみにくいアヒルの子の産みの親。
幸せに暮らしてる白鳥はそんなこと言わないと思うが。
█ お題 謙虚な人になりすまして、何かひと言どうぞ。
回答
いーえ、わたしが池に落としたのはそのオノじゃありません。わたしが落としたのは普通のオノです。普通の金のオノです。
金のオノは普通じゃねーからな!
█ お題 謙虚な人になりすまして、何かひと言どうぞ。
回答
わたしはあとでいいですから、まずあなたから先に自慢してください。
うわっ、やりにくい……また次回。
初出:2011年6月18日

2014年1月13日月曜日

馬鹿をめぐる名言46

トーマス・マン 2
孤独は独創的なものを、思いきって美しい、あやしいほど美しいものを、詩というものを成熟させる。孤独はしかし、倒錯したもの、不均衡なもの、愚かしいもの、不埒なものをも、また成熟させるのである。
 孤独や自由は変化をもたらす。その対極にあるしがらみや安全は維持を望む。
出典:続いてもトーマス・マンで、小説『ヴェニスに死す』(実吉捷郎訳/岩波文庫)より。この岩波文庫の著者クレジットは「トオマス・マン作」となっているが、たとえば1994年第40刷発行のスタンダール『恋愛論』では、「○○作」ではなく「スタンダール著」となっている。発行する時期や作者の違い、訳者の考え方によって、使い分けているのだろうか。しかし、「トオマス・マン作」だと、外国文学にうとい人は、「トーマス万作」と聞き違える恐れがある。やっぱり「○○著」のほうが……あ、……この話、忘れてください。
初出:2008年7月2日

2014年1月12日日曜日

標語流行語キャッチフレーズ発掘 その20

「下水道促進」の標語(昭和40年代前半/日本水道新聞社)
下水道できるといいね お母さん
寸評◎下水道ができたら、まず何をしたいですか?
参考資料:『標語・スローガンの事典』(祖田浩一編/東京堂出版/1999年)。作者は埼玉県の保泉かづえさん。
初出:2011年3月10日

2014年1月9日木曜日

老いと若さをめぐる名言7

キケロ
愚か者は己れの欠点や咎を老年の所為せ いにするものだ。
 老化とともに脳の機能が低下して地金じがねを隠せなくなったのだと考えると、欠点や咎は老年のせいで間違いない。
出典:古代ローマの哲学者・政治家キケロ(紀元前106年~紀元前43年)の『老年について』(中務哲郎訳/ワイド版岩波文庫)より。
初出:2008年8月3日

2014年1月7日火曜日

東京ドメスティック日常編 12

共同便所のワナ

 オレの住んでる木造モルタル2階建ては、1階が飲食店で2階がアパートの居住スペース。階段を昇って常時開けっ放しのドアから内部に入ると半畳ほどの三和土たたき(靴を脱ぐところ)があり、正面が共同便所、右が板敷きの廊下になっている。
 アパートの各部屋へは廊下を経由しなければ行けないが、便所へは三和土から直接インできて、もれそうな状態で帰宅したときなんかはとても都合がいい。ただし、この便所のドアは階段の下の通りから丸見えなので、パンツ一丁で部屋から便所に行くには、見られてもいいパンツを着用していなければならない。
 この共同便所のドアの上のほうにはすりガラスのはまった7センチ四方の小窓があり、ドアノブも、一部分が赤くなったり青くなったりするおなじみのタイプなので、ひとめで便所とわかる。素人でもわかる。
 それなのに、間違えるやつがいるのです。オレが便所で用を足しているときに間違えるやつがいるのです。


 実例その1。何をしに来たかわからない女。
 便所で用を足し終えたか終えないかというタイミングで誰かが階段を昇ってくる音が聞こえ、息をひそめてやりすごそうとしたら、
 トントン! とノックの音。
 うわ、なんだよ、ここ便所だぞ! どうしよう、でもここ便所だしな。
 ということで、しかたなく、
 ドンドン! とノックを返す。
 そうしたら、
「え?」
 と、動揺丸出しの女の声。
 そりゃ、誰かの家を訪ねてノックをしたときにノックを返されたら、一瞬ひるむよね。
 そして、
「……あ! 失礼しました」
 住人の部屋だと思ってノックした先が便所だったってことに気づいたんだろう。
 その声の主はすみやかに階段をおりて、2度とこのアパートを訪れることはなかった(たぶん)。なので、その女がセールス関係なのか何かの勧誘関係なのかは謎のままだ。


 実例その2。宅配便のおにいちゃん。
 ダッダッダと力強い足音をさせて階段を昇り、便所の前の三和土から宅配便のおにいちゃんが声を張り上げた。
「吉田さーん! ○○便でーす」
 宅配便のお兄ちゃんは、アパートの2階の、どことは特定できないものの吉田BKの部屋に向かって声をかけている。このときオレは便所にしゃがんでいて、吉田BKの部屋にはいないわけだから、知らんぷりしてもいいはずだ。でも、不在通知に書かれた番号に電話してまた届けてもらうのも面倒だなという気持ちのほうが強くて、勇気をふりしぼった。
「いま便所!」
「あ、どうも!」
 と、なんのためらいもない宅配お兄さんのレスポンス。安心したオレは、日常モードへと移行した。
「なんだったら、そこらへんに置いてってもらえる?」
「じゃあ、ほか回って、また5分後くらいに来ますよ」
「じゃあ、それでお願いします」
「わぁりあしたー!」
 便所のドア1枚をへだてていたって、いろんなコミュニケーションが可能だ。


 実例その3。つい何日か前の9月20日にやってきた非常勤の国家公務員。
 朝食後、和式の共同便所で練り歯磨き粉くらいの固さをリリースし終えたときだった。
 トントン!
 不意をつかれた。リリースに集中しすぎて、階段を昇ってくる音に気づかなかった。でも、長年の習慣というか、条件反射というか、自然にノックを返していた。
 ドンドン! と強めに返していた。
 これで相手は、自分がノックしたのが便所のドアであることを思い知ったろう。
 なのに。
「あのちょっとお伺いしたいんですけど」と、女の人の声。推定年齢40~52歳。
 うそ、なにソレ! オレは激しく動揺した。
「あの、今トイレ中なんすけど」
「あ、失礼しました」
 と、斜め上から物を言って女は黙った。黙ったまま、その場から立ち去る気配がない。
 おいおい、ウソだろ、なんでそこにいるの!
 ドア1枚をへだててしゃがむ男と立ちつくす女。その距離約80センチ。いろんな音を聞かれてしまうじゃないか。
 しようがないのでこちらから切り出した。
「なんですか?」
「あの、このアパートには何人住んでらっしゃるんですか?」
 しゃがんでる者に対する質問として、このセリフはどうなんだろう。
「ひとりです。あとの部屋は、倉庫として使われているみたいです」
 素直に答えるオレもオレだが、この女の人、何者?
「いま国勢調査のご案内で回っていまして」
 このあと何往復か言葉のキャッチボールを経たのちに、
「わかりました、実際に住んでらっしゃるのは吉田さんおひとりなんですね、はい、どうもお手数おかけしました、失礼します」
 そう言って国勢調査員は帰っていった。
 尻丸出しでしゃがんだまま、そこそこ充実した会話をかわしてしまった。なにはともあれ、顔を合わせずに済んでよかった。

 23日、郵便受けを見ると国勢調査の封筒。
「平成22年国勢調査 ~調査にご協力をお願いいたします~」
 と書かれていた。

 オレからもご協力をお願いしておきます。

初出:2010年9月26日

2014年1月6日月曜日

馬鹿をめぐる名言45

トーマス・マン 1
馬鹿にもさまざまな種類の馬鹿があって、利口なのも馬鹿のうちのあまり感心しない一種であるようです。
 小さい子供とか犬とかに対して「利口」って言うぶんには誉め言葉になるけどね。
出典:ドイツの100年以上続く商家(穀物問屋)に生まれたトーマス・マン(1875~1955年)の、教養丸出しの小説『魔の山』(関泰祐・望月市恵訳/岩波文庫)より。
初出:2008年6月30日