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2013年8月13日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その9 最終回

脳停止そして結局な日常

 篠田外科は病院としては小規模で、1階が内科と外科の外来で2階が病室(女1、男1)になっていた。
 階段を上がってすぐの病室のネームプレートに「上田」の名前があった。中をのぞくと8台(8床?)くらいベッドがあって、患者たちがベッド上であぐらをかきーの、椅子に腰かけーの、はたまた窓際に立って腰に両手をあてーのと、それぞれの格好をしていた。
 左奥を見ると、唯一、まわりをグルっとカーテンで閉め切ったままのベッドがあった。たぶんバアサンだ。でもオレは、そこに直行するようなギャンブラーではない。
「あのすみません、上田さんは……(うわっ、我ながら、声、小っちゃ)」
 誰に向かってというんじゃなく、病室内へと声をかけた。
 ドアに一番近いベッドの上であぐらをかいている色黒のおばさんがこっちを向いた。
「はあ? お見舞い? 誰?」
 病室のみんながいっせいにこちらを見た。
「あの、上田さん……」
 オレの口から上田という名前が出たとたん、みんなの目がキラキラし出した。ちょっとイヤな感じのキラキラ。
「上田のオバアチャ~ン、お見舞いの人だよ」
 色黒の声はデカかった。
 いい感じのタイミングで、ベッドを覆ったカーテンからバアサンが顔を出した。
 ウワっ! いつもの渋い顔だ。
 でも、オレの顔を見ると、バアサンの顔中のシワというシワがちょっとずつ形を変えて、すげー嬉しそうな表情になった。すぐにカーテンをはねのけてベッドから下り、スリッパを履いている。もう、ぜんぜん歩けるみたいだ。
 よしよしというような感じで顔を小刻みに上下させながらこちらに歩き出したバアサンの顔は、口は笑いをかみ殺している感じだが、目のまわりは喜び大爆発だ。不機嫌な顔をされるのもイヤだけど、こんなに嬉しそうな顔をされたら、それはそれで怖い。
 病室のみんなが口の片方だけで笑顔を作り、バアサンとオレを交互に見る。
「来てくれたんだぁ」
 とバアサンが、オレの腕に軽くさわり、オレを見上げながら言った。さっきまでぎゅっと閉めていた口がちょっと開いて、歯茎が見える。わちゃ~、怖いよ~。
 それからバアサンはまたよしよしというように首を上下に何度か振ってから、まじめな顔になって病室のみんなのほうに向き直った。
 そして、口を開いた。
「みなさん……」
 ちょっと改まった感じ……なんかイヤな、すんげーイヤな予感。
 バアサンは、オレのほうをちょっと見てからまたみんなのほうに向き直った。
 なんだなんだ、何が起きるんだ?
 バアサンが、きっぱりとした口調で言った。

「息子です」

 むむむむむむむ、むすこーーーー!
 左脳の働きが停止した。
 右脳は、傍観モードに入っているのか、目から入る情報を受け入れるのみ。
 こんなときに頼りになるのは脊髄反射だけだ。
 オレは機械的に病室を見わたした。
 そして機械的に、
 オレは、
 オレは、
 頭を深々と下げていた。

前略 オフクロ様
 あなたの息子に新しいおかあさんができました。


 って、なんだよもう。


      ◯     ◯     ◯


 事件から3カ月とちょっとして、バアサンが退院してきた。一瞬にして松原荘は、佐藤(弟)がいないことを除くと、バアサンが刺される前の状態に戻ってしまった。バアサンは、「あのとき見舞いにきてくれてありがとうね」と感謝してくれたが、病室でオレを「息子」と紹介した件については触れなかった。オレも何も言わなかった。さすがに、日立製作所に勤める息子の話はしなくなったが、それもちょっとの間のことだった。
 佐藤(兄)は、特別バツが悪そうな態度を見せることもなく、バアサンと接していた。
 それどころか、1年後くらいには、松原荘は完全に事件前の状態に戻っていた。
 完全に!
 バアサンはオレをつかまえては、ほかの住人の悪口を言う。佐藤(弟)の悪口も言う。その横を佐藤(弟)が通り過ぎていく。
 そうなのです。佐藤(弟)が出所して、事件前と同じように佐藤(兄)の部屋で暮らし始めたのです。
 なんか、みんな、すげーな。

おわり

2013年8月6日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その8

見舞いのリクエスト

 バアサンが刺された次の日の夕方、刺した佐藤(弟)が井の頭公園で捕まった。警察がわざわざ電話で教えてくれた。バアサンは全治3カ月で、命に別状はまったくないらしい。あばら骨が折れてたっぽかったし、血もふんだんに出ていたのに。廊下に落ちていた赤黒い小さなかたまりは内臓系ではなかったのか。
 夜になって、佐藤(兄)の部屋から思いきりナマった話し声が聞こえてきた。佐藤(兄)と話しているのは、かなりの確率で佐藤(父)。けっこう会話がはずんでいる。
 久しぶりの再会で盛り上がる父と子。ときどき笑い声が上がる。こんなときっつーのは、笑いでもしないと、ヤリきれんのかも。

 1カ月後、バアサンからハガキが届いた。

吉田さんへ
 代田橋の篠田外科病院に、
 入院しています。
 お見舞いにきてください。
             上田

 うわっ! 見舞いなんて苦手だ。何を話せばいいんだ? 礼儀とかに関する実用書を見たって、「ナイフで刺された知人を見舞うときの挨拶」なんて載ってないよ。なんだよ! どうすりゃいいんだよ! 何を話せばいいんだよ! すでに、見舞いに行くっていう前提でシタバタしているし、オレ。
 当然のことながら、田路のところにバアサンからのラブコールはなかった。ハガキを見せると、
「行かないだろ? 見舞いなんか」
 田路はあっさり言う。
「そうなるかな~」
 と言いながら、(ウワ~、田路、すげ、かっこいい)と心の中で田路を応援してしまった。

 1週間後にまたバアサンからハガキが来た。
 オレは、バアサンの吉田コールに屈してしまった。
 退院してから面倒くさいことを言われたりするのがイヤだったんだよ。
 でも、やっぱり行かなきゃよかった……。

つづく

2013年7月30日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その7

語り部の誕生

「帰りはどうする? ちょっと待ってくれるんなら、パトカーで送ってくけど」
 というので帰りもパトカーに乗せてもらった。
 アパートに戻ると木戸も玄関も開いていた。
 アパートにはおまわりさんが2人残っていて、オレが中に入っていくと、血だらけの廊下を指差しながら話しかけてきた。
「お疲れさん、終わった?」
「ああ、はい」
「悪いんだけどさ、廊下、きれいに掃除しといてくれる? これ、おまわりさんがやるアレじゃないんで。申し訳ないんだけど、じゃ、お願いね」
 おまわりさんは自分のことを「おまわりさん」と言った。さん付けだ。かといって、「これ、おまわりがやるアレじゃないんで」なんて言われたら、ちょっと恐いので、やっぱいいのか。
 血だらけの廊下には、ところどころにどす黒い塊が小さく盛り上がっていた。その塊が何か、はっきりとはわからなかった。カルビかなんかだろうか。ミノかもしれない。とりあえずそれを新聞紙で掻き取ってから、濡れ雑巾で拭いた。廊下一面の血だし、乾きかけているので、当然ひと拭きではすまなかった。ふた拭きでも、み拭きでもすまなかった。結局、血の跡がまだらに残ったが、別に気になんねーかと思って、それで終わりにした。
 しばらくして不動産屋のおばちゃんがやってきて、「大変だったね、スイカでも食べて」と、赤い切り口丸出しのスイカを山ほどくれた。そのスイカを一切れだけ食べてからちょっと時間をつぶし、5時になったところで、ガード下の呑み屋「さんのじ」に出かけた。

「なんか、今日の昼ごろに松原のアパートでおばあさんが刺されたらしいね」
 マスターの鈴木さんが言うので、オレは自分の鼻を指差して、オレオレというしぐさをした。
「何?」
「オレのアパート」
「えっ、じゃ、刺されたのって、いつも言ってるあのおばあさん?」
「そう」
 それから5分ほどかけ、バアサンが「吉田さーん」とオレを呼ぶところから、不動産屋のおばちゃんがスイカを持ってきたところまでを話した。
 すぐに、奄美大島出身のさみしがり大迫クンが来たので、彼にも同じ話をした。
 それから見た目が豪快だけどねちねちした性格のパン屋のHさん、劇画タッチの濃い顔をしていて街でよくからまれる劇団のカンナリさん、オレの太ももを触りまくるオカマのじぃじぃFさんと、いつものメンバーが集まってきて、その都度このネタを話した。この日だけで10回は話した。5分で終わる話が、最後の高座では15分の話にふくらんでいた。最後の高座が一番ウケた。特に「吉田さん、これ抜いて」のくだりと、「吉田さん、私の部屋のカギ閉めといて!」のくだりでは大爆笑だった。♪hmhmhm~不謹慎な人の群れ~♪
 いつもは夜中の2時くらいまで呑むんだけど、オレの心は普段とはそれなりに違う状態ではあったので10時には切り上げた。それでも十分酔っていた。いつもオレにツマミしかおごってくれない常連のおじさんたち(主に30代以降の人)が調子に乗ってオレに酒までもおごってくれたから。

 アパートに戻って木戸を開けた瞬間、(ワッ!) ま、声には出さなかったけどびっくりした。木戸の両側に、塀にへばりつくようにして刑事が2人いたのだ。
「あっ、どうもご苦労さまです」
 こういうときに言うべきセリフは刑事ドラマで学習済みのはずだけど、なんかちょっと違うか……。でも、刑事は無言で会釈を返してくれた。
 部屋のドアを開けるとスイカのニオイがした。「さんのじ」でさんざんツマミを食わされたので、食う気がしなかった。どうしようか……。気の利いたことを思いついたつもりで、張り込みをしている刑事のところにスイカを持っていった。
「けっこうです。気をつかわないでください」
 張り込み中の刑事は、アルコール類はもちろんスイカも遠慮する。おしっこが近くなるのが困るのだろう。手とか口のまわりだってベタベタするし。
 次の朝早く目が覚めてゴミを出しに外に出たら、刑事はもういなかった。佐藤(弟)は捕まったのだろうか。
 玄関に放り込まれてある新聞を取って部屋に駆け戻り、社会面を広げた。左下の小さなスペースに、バアサンが刺されたことが載っていた。容疑者が同じアパートの人間だとか、第一発見者のこと(オレのこと)とかは載っていなかった。ちぇっ。ちょっと拍子抜け。

つづく

2013年7月23日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その6

オレの非日常は警察官のルーティーン

「吉田さーん! 私の部屋のカギ、閉めといてね~!」というバアサンのせりふを聞いた救急隊員も警察関係者も、ちょっと笑っていた。なんつーか、苦笑じゃなかった。普通の、ちょっとした笑い。ぜんぜんニガそうじゃなかった。いろんな事件を見てきた彼らにはバアサンみたいな言動も、ありがちなパターンの一亜種だったりするのかも。
 刃傷沙汰初体験のオレは、笑う気になれなかった。ちょっとすました顔で、バアサンの部屋のドアを閉めた。カギまでは閉められない。オレ、バアサンの部屋のカギ、持ってねーし。
 とりあえず一段落ついたところで、でもげんなりしているところに、刑事らしき男が話を聞きにやってきた。
「第一発見者は、あんた?」
「あ、はい」
 とうなずくと、現場検証が始まるらしく、
「ここはアレだから、ちょっとあっちで話を聞かせてくれない?」
 とアパートの外に連れ出された。後ろをちらっと振り返って見ると、別の刑事が、オレが閉めたばかりのバアサンの部屋のドアを開けていた。そりゃそうだ。
 このときのオレの服装は、下は茶色のスラックスで、上は白いシャツ。Tシャツじゃなく、肌着の白いシャツ。胸から下が赤く濡れている。腕から手の指にかけてベットリ付いた血は乾き始めていて、ところにより黒っぽくなっている。
 はじめの刑事の質問に答え終えると、2人目の刑事がやってきた。同じ質問をするのでオレも同じ答えを返す。違う答えを返したりなんかしたら、「オレの言っていることの信憑性に“?”が付く」→「刑事は、コイツ怪しいなと思う」→「とりあえずご同行願えませんか」→「警察署での厳しい取り調べ」→「オレ、ビビる」→「刑事、ますます怪しんで机を叩く」→「オレ、ますますビビる」→「一転してやさしい言葉で『悪いようにはしないから白状しろ』と言う」→「オレ、『悪いようにならないんなら』と白状っぽいせりふを口にする」→「オレ、逮捕される」。
 バアサンが「佐藤にやられた」って言ってるんだからそんなことになるはずないのに、ちゃんとつじつまの合った答えをしているか不安になる。
 警察にとっては楽勝の事件だからか、アパートの前の道路が交通規制されることはなかった。
 当然、通行人もけっこういて、オレを、まるで犯人を見るような目で見ていく。
「あの人、人殺し?」と言ってオレを指差す子供の口を母親があわてて押さえて小走りに去っていく(これはさすがにウソ)。
 2人の刑事の質問が終わったあとも、いろんな人がオレに質問してきた。「これから出かけるところだったの?」「おばあさんと仲良かったんだぁ」「初めてで大変だと思うけど……あ、初めてじゃない? あはは、初めてだよねぇ」とかどうでもいいことを聞いてきた。要は、オレが手持ち無沙汰にならないようにとの心づかいだったようだ。違うかも。

 そのうち、現場の責任者らしき警官が話しかけてきた。
「ちょっと、北沢署でお話を聞かせてもらってもいいですか? おばあさんも言ってたし、あなたが犯人じゃないことはわかってるんですよ、でもね、今回の状況に一番詳しいあなたに話を聞いて、いちおう書類なんか作らなくちゃならないもんでね。そんなにお手間は取らせませんから」
「あの、この格好でですか?」
「いえいえ、着替えていただいて結構ですよ」
 部屋に戻ったオレはシャツを脱いで流しに入れ、手と腕に付いた血を洗い流した。肌に付いた血は、すぐにきれいに落ちた。ツメの間に入った血はなかなか落ちないので、そのままにした。
 スラックスにも血は付いていたが、血の色が目立たない茶色のスラックスだったので、着替えなかった。上に着るものはどうしようかなと一瞬迷って、もともとその日着るつもりだった開襟シャツを選んだ。
 アパートからパトカーが停まっている場所まで、警官に伴われて50メートルほど歩かなきゃいけなかった。オレの服装は茶色のスラックスに黒の開襟シャツで、髪型がオールバックだった。通行人が「あー、やっぱり」ってな顔で見る。服装のチョイスミスだ。
 生まれて初めてパトカーに乗ったっていう嬉しさなんかはなくて、犯人だと思われたらヤダなってことだけが頭にあった。走り始めたパトカーの中で、オレはオールバックの髪をさかんにかき上げた。手錠をはめられていないところをアピールしたかったのだ。
 事情聴取には30分くらいかかった。退職間近くらいの年齢のスーツ姿のやせた刑事風が質問し、それに対してオレが答えると、原稿用紙みたいなマス目の付いた用紙に書き込んでいく。退職間近の刑事は、主語と述語をきっちりと入れて作文し、2行くらい書いてはそれを読み上げて、これでいいですねと、いちいちオレに確認する。30分かかって話した結果、出来上がった文章は400字詰め原稿用紙2枚弱くらい。当時は、たったそれっぽっち書くのに時間かけすぎじゃね? と思ったが、取材開始から完全原稿UPまで30分てのは、けっこうエラいかも。
 最後に、「これ、少なくて申し訳ないんだけど」と、事情聴取担当者とは別の若い経理刑事が1500円だったか2000円だったかをくれた。「あ、いえいえそんな」と言いながらも、うれしかった。まるっきり予期してない報酬って、額にかかわらず、人の心をつかむ。

つづく

2013年7月16日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その5

こんなときにそれ言うか!

 バアサンから少しも目をそらせないまま階段を下りていくと、左胸を抱えるようにした両手から長さ10センチくらいの棒状のものが出ていた。ナイフの柄に違いない。
 廊下には黒味がかった赤い色が広がっていた。小さなやせて乾いたバアサンのどこにこんなに血があったんだ? とびっくりするほど大量の血だった。
 足がぬるぬるする。
「吉田さん、これ抜いて! これ抜いて!」
 バアサンがオレの手をつかんでナイフの柄を握らせた。刃の部分は全部バアサンの胸の中に納まっていたが、骨と皮だけなので、しっかり刺さっている感じがしない。肋骨が折れているのか、ナイフはグラグラ動いた。
 オレがナイフから手を離し、バアサンの身体を支えようとすると、
「吉田さん! なんで抜いてくんないのよ!」
 バアサンは怒って自分で抜こうとする。でも、すでに筋肉が収縮してナイフの刃にからみついているので、いくら引っこ抜こうとしてもナイフは抜けない。
「上田さん、抜いちゃダメ」
 言いながらオレは、バアサンを抱えたままぎくしゃくした感じで片ひざをついた。バアサンは、立ち上がろうとしてオレのあちこちをつかむ。オレの白いシャツも手も腕も血まみれだ。
「上田さん、ナイフは抜けないから! 横になって動かないでいて!」
 オレはひざ立ちの状態から腰を下ろし、片方の太ももにバアサンの頭をのせた。
 バアサンは「あの野郎、ちくしょう、あの野郎」とうなっていたが、とりあえず横になってくれたので、オレは2階に向かって声を上げた。
「田路! 田路! ちょっと下りてきてー」
 すぐにギーという音がした。田路は軽率なやつで、そのぶんレスポンスは速い。
 1階まであと数段のところまで階段を下りて来た田路は、いつものヘラヘラ笑顔のまま固まった。
「上田さんがナイフで刺されてる。救急車に電話して! 警察は電話回線が保持されてほかに電話できなくなるから、まず救急車!」
「おう!」
 田路は、ハイテンションな声を出してすぐに階段を駆け上がった。
 オレの腕の中では、ちょっとの間だけおとなしくしていたバアサンが起き上がろうともがいたり、力が抜けたり、かと思うと白目をむいてプルプルと少し震えたりを繰り返していた。

「上田さん、誰に刺されたの?」
「あの野郎だよ」
「誰?」
「あの野郎だよ」
「誰、誰?」
 オレは必死で聞いた。
「あの野郎だよ。佐藤の野郎だよ」
 バアサンは眉根にシワを寄せて、憎たらしそうに言った。
 バアサンに呼ばれるちょっと前、佐藤さんの部屋のドアが開いて誰かがいっぺん1階まで下り、それから少しして2階のその部屋のドアが開いて、すぐにまた階段を下りて行く音をオレは聞いていた。佐藤(兄)は、日中は仕事に出かけているから、佐藤(弟)だ。
「それより、早くこれ抜いてよ!」
「抜いちゃだめだって!」
「なんで抜いてくんないの! 早く抜いてってば!」
 バアサンはオレを責めるように言う。
 そこに、興奮を押し殺してマジメな顔を保とうとしているのが丸出しの田路が下りてきた。
「誰にやられたの?」
 田路がオレに聞く。
 オレが答える必要はなかった。
「佐藤の野郎だよ」
 バアサンが言うのを聞いて、オレは思いっきりホッとした。オレが犯人ではないことは田路が知っている。もしバアサンが死んで何も言えなくなっても……。だって、バアサンの未来には、溜まっていく新聞紙しかないけど、オレの未来にはもうちょっとましなものがあるはずだもの。

 少しして、救急車だかパトカーだかのサイレンが聞こえてきた。バアサンは、まだけっこう元気だ。ときどき白目をむいて元気にピクピクしている。
 アパートの外に出た田路の、「こっちです」と言う声が聞こえ、白衣にヘルメット姿の救急隊員が入ってきた。
 救急隊員は、血だらけの床にヒザをついてバアサンの背中に片手を回した。
 バアサンは、今度は救急隊員に向かって、
「これ、抜いてよ」
 と要求した。
 救急隊員は、
「抜けないよ」
 と冷静な口調で返した。
 ほらやっぱり抜けないじゃん、と思いながら救急隊員にバアサンを託してオレは立ち上がった。血の臭いがすげーなーと感じたが、別に気持ちが悪くなるわけでもなかった。
 ストレッチャーに乗せられてもバアサンは相変わらず起き上がろうとしている。救急隊員はちょっと事務的に「寝ててください」と言い、バアサンの体を軽く押さえた。
 そこに警官や刑事が何人かやってきて、ひとりがバアサンに、「誰に刺されたの」と尋ねた。
「あの野郎だよ」
「誰、知ってる人?」
「佐藤の野郎だよ」
 オレは、ホッとした。完全に無罪だー、キャッホー。ってか無実だし。
 傷の状態がだいたい確認できたのか、救急隊員たちがストレッチャーを持ち上げた。バアサンの意識ははっきりしているし、起き上がろうとするくらい元気もあるので、救急隊員たちに切迫した雰囲気はなかった。
 そして、ストレッチャーが玄関から出た瞬間、バアサンが渾身の力を込めて上半身を起こし、オレに向かって言った。真顔で言った。
「吉田さーん! 私の部屋のカギ、閉めといてね~!」
 今、それ言うか。

つづく

2013年7月9日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その4

我慢の限界

 松原荘に引っ越した次の日から、外へ出かけるときも帰ってきたときもトイレに行くときも、バアサンと会いませんようにと念じるようになった。
 でも、かなりの高確率でバアサンと顔を合わせる。
 バアサンの部屋のドアはいつも10センチばかり開いてんだよね。
 で、オレが外から帰ってきたとき、どんな状況になるかをケース別に見ていきたい。

ケース1:アパートの木戸も玄関も閉まっている場合。
 アパートに帰って、まず木戸をズッスーと開け、さらに玄関をガラガラと開けると、10センチ開いたドアの隙間にはすでにバアサンの顔がある。
ケース2:木戸は閉まっているが玄関が開いている場合。
 アパートに帰って木戸をズッスーと開け、そのまま3、4歩あるいて玄関に入ると、ほぼ同時にドアの隙間にバアサンが顔を現わす。
ケース3:木戸は開いているが玄関が閉まっている場合。
 アパートに帰り、そのまま木戸をくぐって玄関をガラガラと開けると、ちょっと遅れてドアの隙間にバアサンの顔が現われる。
ケース4:木戸も玄関も開いている場合。
 アパートに帰ったときに木戸も玄関も開いていると、オレがガッツポーズをとる。

 ケース4の状況でオレは、脱いだ靴を下駄箱に入れず揃えもせずに泥棒ネコのような敏捷な身のこなしでアパートに上がり込み階段を駆け上がる。
 でも! この恵まれた状況下での泥棒ネコ行動でさえ、数回に1回しか成功しなかった。バアサンのレスポンスが、驚くほど早いのだ。けっこう素早く移動したつもりでも、後ろ姿が捕捉されてしまう。なんらかの事情でバアサンの行動に遅延が生じたとしても、オレの残した物音と靴が、バアサンの次の行動を促す。すなわち「吉田さ~ん、帰ってきたの?」である。
 別に、「ただいま」「おかえり」とか、「いい天気だね」「ほんといい天気ですね」とか、「こう暑いとイヤんなっちゃうわよね」「ま、オレのせいではないにしても」「どうだか」程度の会話なら、なんの問題もないのに。話が長いんだよね。最低でも10分。78歳のバアサンと20歳そこそこの男子との間には、共通の話題なんてなく、バアサンが一方的に言いたいことを言い、オレが「あ、はい」と相槌をうつだけだし、話の内容も誰かの悪口ばっかりだし、もう、イヤ!

 バアサンに対するアパートの住人たちの対応は、次のいずれか。
A:話しかけられたら機嫌よく応じつつも歩く足は止めない。たまに2~3分程度話し相手になる。
B:アパート内で顔を合わせてもお互いに無視。たまにバアサンが文句を言うが、知らんぷり。
C:話しかけられたら、内心イヤでしょうがないが、表面上は平静を装って話し相手になる。

 Cパターンはオレひとり。Aパターンの住人も1名で、本多さんのみ。花屋さんに勤める本多さんは、オレに、「バアサンの言うことにいちいち付き合ってたら大変だから、テキトーに相手したほうがいいよ」と言ってくれた。でも、すぐに引っ越してしまった。残る住人は、バアサンの話し相手にならないBパターンのみ。本多さんの部屋に引っ越してきたのは、やはりBパターンの学生、田路であった。

 しばらくしてオレは、バアサンに見つからないようにこそこそするのをやめた。
 松原荘はどの部屋も、畳の四畳半とは別にドアを開けたところに半畳ほどの広さの板の間の台所がある。あるときバアサンの部屋のドアが全開になっていて、見ると、台所の半畳の板の間に椅子が置いてあった。1日の大半をそこで暮らしているみたいだ。レスポンスが早いのもうなずける。バアサンには四畳半なんて必要ない。台所の半と、新聞を積む窓だけで十分じゃんか。
 それと、もし、バアサンに勘づかれずにアパートに出入りできたとしても、バアサンは住人たちの下駄箱を開けて靴をチェックしていたし、夕方以降は、アパートの脇を通っている路地に出て、窓の明かりを確認しているから、オレがいるかどうかはすぐわかる。暗くなっても明かりをつけないという選択肢もあるが、それは、したくない。
 そんなわけでバアサンは、確信をもって、
「吉田さ~ん」
 と廊下の下からオレを呼ぶのだ。
 もうあきらめるしかない。
 岩手県人はがまん強い、と無理やり信じてがまんすることに決めた。

 同じ東北人でも、岩手県人に比べると青森県人はハイカラと言われているし、社交性もそこそこありそうな気もするのだが、佐藤さんのところでいつしか暮らし始めていた佐藤(弟・16歳)は、バアサンの前では無口だった(兄さんと2人で部屋にいるときの弟はけっこうおしゃべりで、思いっきりナマったしゃべり声とかキャッキャとはしゃぐ声が、薄い壁を通してオレの部屋までよく聞こえてきた)。
 佐藤(弟・16歳)は、パターンCに分類される。バアサンを無視できず、しかもバアサンに対しては無口。
 オレは、共同便所でゆるめの大をしているときにバアサンと佐藤(弟・16歳)の会話を2回ばかり聞いている。バアサンは佐藤(弟)に、「玄関をあけっぱなしにするな」「きちんと挨拶をしろ」「トイレを汚すな」「玄関の外に置いてあった雑巾を持ってっただろう」と文句ばかり言い、それに対して佐藤(弟)は、「あん」とか「んーう」とかいう返事を返す。東北人のオレには、ニュアンスでその返事の意味がわかったが、バアサンにわかるはずもなく、かえってイラついて、同じ文句を何度も繰り返していた。
 聞くだけでなく、バアサンが佐藤(弟)に文句を言っているシーンを目撃したことも何度かある。佐藤(弟)は、ニタニタ笑いを浮かべていた。困惑のニタニタなのだろうとオレは思ったが、バアサンの目には挑発のニタニタにしか映らないだろう。


 松原荘に引っ越して1年半が経過した1979年の6月。暑い日だった。昼近くになって、そろそろ学校に出かけようと準備をしていた。
「吉田さーん。吉田さーん」
 いつもの吉田コールが聞こえてきた。でも、なんかちょっと感じが違う。
「吉田さーん、これ抜いてぇぇぇ……。吉田さーんってばぁぁぁ……」
 抜いて? わけがわからなかったけど、とりあえずいつものとおり、部屋のドアを開けて階段の下を見た。
「吉田さん、これ抜いてぇぇ……」
 言いながらバアサンは胸のあたりをオレに見せようとした。
 胸も、その下のほうも黒っぽい。
 血じゃね?

つづく

2013年7月2日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その3

ボーイ・ミーツ・バアサン

 1978年1月、松原荘に引っ越した日にいったん戻ります。

「あたしは、ほら、ここの部屋に住んでる上田ってもんだけど、あんた、今日引っ越してきたんだ」
「あ、はい。吉田といいます。よろしくお願いします」
「あんた、生まれはどこ?」
「盛岡です」
「ああ、青森の?」
「いえ、岩手です」
 このころは出身地を聞かれると「盛岡」と答えていたが、盛岡がどこにあるかなんて誰も気にしてないことを知ってからは、「出身地は岩手です」と言うようになった。
「親は何やってる人?」
「公務員です」
「ウチはね、息子が大阪にいてね。日立製作所の……、日立製作所知ってる?」
「知ってます。大企業ですよね」
「ウフフウ、日立製作所のね、部長」
 そこに話を持っていきたかったのか。
「へー、そうなんですか。すごいですね」
「ふふふ~、もう、困っちゃう」
 そんなんで困るなよ。
「あんた、越してきたばかりで、わかんないことあるだろうから、何でもあたしに聞いて」
「あ、はい。ありがとうごさいます」

 話が一段落ついたかなと思ったオレは、廊下におろしていたカラーボックスを持ち上げ、引っ越し作業に戻ろうとした。
「吉田さん、これこれ、下駄箱はこれね、このツマミをつまんで、こう開ける。わかるね?」
「あ、はい」
 持ち上げたカラーボックスを、オレはまた足元に戻した。
「それからね、トイレ。トイレはこれを握って、こう回し、こう引く。ね、開いたでしょ」
 ドアノブの扱い方を教わったのは生まれて初めてだ。
「玄関は、ここに手をかけて……ん?……ああ、あんた、これはわかるか、アパートん中、入ってきてるもんね」
 普通の引き戸の開け方もわからなかったら、オレ生きていけてねーって。
「えーと、あんたは2階の201号室だよね」
「あ、はい」
「そーだそーだ、あんたの部屋のこっちっかわの隣、204号室ね、佐藤ってのが住んでるんだけど、こいつはよくないねー」
「ああ、はい……」
「ろくにアイサツもしないし、人の言うことも聞かないしさ。青森から出てきて、……あれ、あんたも青森だっけ?」
「いえ、岩手です」
「ああ、そう。じゃあ、よかったじゃない」
「あ、ありがとうございます……」
 なんじゃ、この会話?
「……で、あ、そうそう、佐藤! あんたの部屋の隣に佐藤ってのが住んでんだけどさ、こいつが、人の新聞を持ってくんだよ。あたしゃ、年はとってるけど、新聞を隅から隅まで読むからね。あんた、学生だよね?」
「あ、はい」
「だったら、新聞取るんでしょう?」
「いや、わかんないすけど……」
「新聞読まなきゃだめ。東京新聞がいいよ、夕刊はやめにして、朝刊だけ取れば、安いから。えーとね、いくらだったかな、朝刊だけなら千円もしないから、あれ、東京新聞、いくらだったかな……ちょっと待って」
「あの! それは、あとで……あとで!」
 上田のバアサンが、新聞の購読料を確認しに部屋に戻りそうな素振りを見せたので、あわてて止めた。
「ああ、そう? 契約書見れば書いてあるはずだけどねえ。あ、領収書でいいか」
「いいです! それは」
「あ、そう。で、えーと、なんだっけな、そうだそうだ、佐藤だよ、人の新聞盗んでんのは。絶対佐藤に違いないよ」
 憶測だったんだ。
「佐藤、30歳にもなってまだ結婚してないんだよ。なんの仕事してんのかわかんないけど、あんなんじゃ、嫁に来る人はいないよ、チッ」
 バアサンが佐藤さんを相当嫌っていることは、よ~くわかった。
「それで、1階の、あんたの部屋のちょうど真下がね、柴田。こいつもよくないね」
 バアサンは、今度は柴田さんの悪口を言い始めた。
 オレは本格的にユーウツになってきた。バアサンに嫌われたら、オレもそこいらじゅうで悪口を言いふらされる。もう、やだ。

 引っ越しを終えて明大前駅近くの不動産屋さんに報告に行った。
「変なオバアサンいたでしょ。いろいろ言ってくるかもしれないけど、気にしなくていいから。福祉事務所に頼まれて預かってるだけで、別に管理人でもなんでもないから」
 えー? いまさらそんなこと言われても。すでにオレ、初戦で戦意喪失してるし、そんな事情があるんだったら、気の毒でもあるし(ウソ)。
 不動産屋さんからの帰り、遠目から松原荘に目をやったら、ブロック塀越しに、バアサンの部屋の窓の一部(上のほうだけ)が見えた。新聞紙が積まれていた。カーテンいらずじゃん。

つづく

2013年6月25日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その2

台風vs安普請

 松原荘に住み始めて9か月ほど経過した1978年の秋、大型で強い台風が東京を直撃した。
 強い風と雨、さらに強い風と雨、さらにさらに強い風と雨、強い風と雨……が繰り返される。
 強い風に吹きつけられると、木枠の窓がガタガタ鳴る。
 バケツの水を窓に叩きつけているような強く多量の雨で、ガラスがバチン! ビリビリッという衝撃的な音を立てる。
 さらにさらに強い風に吹きつけられると、アパート全体がきしみながら揺れる。
 天井からの雨漏りは、雨漏り箇所数・水量ともに過去最大を記録した。
 イチゴが入ってたパックを何個がストックしておいたけれど、雨受け容器の数はぜんぜん足りない。水量が最も多い箇所には洗面器、ついで鍋や丼、そしてパックたちを配置し、「ポツ……ポツ……」程度の雨漏り箇所に関しては、いちいち容器は置かない。そんな数、ないから。
 天袋(押入れの最上段)の天井からも雨漏りがしている。ここはシカト。畳んだダンボールが突っ込んであるだけだから、濡れたっていい。
 濡れては困る布団と、もらい物の白黒テレビ、田舎から持ってきたカセットテープレコーダー(ラジオとCDの付いていないタイプ)、短波放送も聴けるラジオに、ゴミ収集袋をふわっとかける。レコードは、ビニール袋に入った状態でカラーボックスの中に立てているから、たぶん濡れない。レコードプレーヤーにはゴミ収集袋をかぶせなくても大丈夫。レコードプレーヤー、ないから。当時は、レコードとカセットテープを持って友達の家に出かけ、そこで録音してもらうというシステムを採用していた。

 一番の脅威は、やはり天井に張り付けたゴミ収集袋だ。
 その他の雨漏り箇所にトラブルがないか、新たな雨漏り箇所の発生はないか、窓は所定の位置にあるか、などに気を配りつつも、天井のゴミ収集袋を重点的に監視する。ゴミ収集袋を固定するためのガムテはかなり大げさなことになっており、厚くなったガムテの上から画鋲で補強している箇所もある。
 ゴミ収集袋の水はみるみる増えていく。20分に1回は排水しないと、水の重みでどこかが決壊する。ヘタをすると天井が抜けてしまう。

 そんなわけでオレは非常にピリピリしていた。なのに、、、
「吉田さ~ん、吉田さ~ん」
 1階に住んでいるバアサンがいつものようにオレを呼ぶ。
 松原荘に引っ越して以来、1日に最低でも2回、多いときで7、8回は繰り返されてきた吉田コールだ。
 松原荘は、階段の下に立った状態では2階が見えない。4段くらい昇ってから直角に右にカーブし、そこから10段ほど昇ると2階、という作りになっている。
 ので、バアサンは廊下の下に立ってから、階段にちょっともたれかかりつつ、曲がり角の柱から顔を出して2階を見上げながら「吉田さ~ん」と呼ぶ。
 またかよ、くっそー、うるせえなぁと小声で毒づきながら部屋のドアを開け、「何か?」と聞く、あるいは「何か?」という顔をするのがオレの日課であった。一度たりともシカトしたことはなく、ウルセー! と切れたこともなかった。オレ、おとなしいから。
 そんなオレが、一度だけバアサンを邪険に扱ったのが、この台風のときだった。
「吉田さ~ん、吉田さ~ん。インスタンメン作ったけど、食べる?」
 一応部屋のドアを開け、
「ごめんなさい、今、雨漏りが大変だから、あとで、すみませんけど……」
 と、過去に例のない強めの口調で言って部屋の中に戻った。
「吉田さん、吉田さ~ん!」
 いつも素直なのにナニをちょっと強気に出てんだよと思ったに違いないバアサンが再びオレを呼んだ瞬間、

 パッキ~ン!

 うわっ! 窓ガラスが~~~~~~!
「吉田さ~ん、吉田さんてば!」
 ああ、うるせ! それどころじゃねえ!
「今、窓ガラスが割れたんだって! 雨が吹き込んでくるんだって! あとにしてって!」  いかにも「怒って大声で話すことには慣れてない人」のぎこちないテンパリ方にイヤ~なものを感じたのか、バアサンはおとなしく引き下がってくれた。

 当時のガラスは割れやすかった。ちょっと割れたり、上から下まで長いヒビが入ったりしたぐらいでいちいちガラスを入れ替えていては金がかかってしょうがないので、セロハンテープで補修するのが普通だった。すぐ新しいガラスを入れる人もいたのかもしれないが、そういう人とは付き合いがなかった。
 割れたのは、中桟の上側の広い透明ガラス部分ではなく、下側のすりガラス部分(天地のサイズは約30センチ)。もともと斜めに入ったヒビにセロハンテープを貼っていたのだが、ガラスの上端と右端には少し隙間があいていた。で、斜めに入ったヒビの左側は底辺の長い台形。一方、右側は底辺の短い台形なので、ガラスが下端のみで木枠に固定されているということになる。そりゃ強風に抵抗できるわけがない。
 なお、割れて部屋の中に落ちたガラスの面積は以下のとおり。
 (上底+下底)×高さ÷2
=(40センチ+5センチ)×30センチ÷2
=675平方センチ
 平方センチで面積を書いても、まるでピンとこないね~。

つづく

2013年6月18日火曜日

松原荘殺人未遂事件 その1

はじめに

 FC2ブログ版『馬鹿の手帳』の「東京ドメスティック」というカテゴリーに2009年7月25日から2009年11月28日にかけてアップしたネタ。小説みたいなタイトルだけど、ノンフィクションです。

四畳半に雨が降る

 雨が空から降れば、雨水が屋根から天井に落ちる。それが木造アパートの2階だ。
 30年住んでいる今のアパートも、もちろん雨漏りする。雨が降ると天井に水滴の落ちる音がして、その部分が濡れてシミになる。雨漏りは通常1か所でおさまるが、長雨が続いたり大降りになったりすると3か所に増え、天井からポタポタと部屋の中に落ちることもある。そこに雨受けの洗面器を置く。相当の大雨でも、洗面器の底にちょっと溜まる程度だが、ネズミやゴキブリのフン、ホコリなどが積もる天井を伝った水なので、ちょっと茶色っぽい。おえ。

 今から30年以上前、1978年1月から約3年間住んだ明大前の松原荘の雨漏りは激しかった。
 雨が降り始めると、まず天井の2か所くらいから雨音が聞こえてくる。そのうち天井の数か所で音がするようになり、天井のいつもの1か所に水玉がぶら下がる。雨が降り続けばこの水玉は落下するが、雨がやんだり小降りになったりすれば水玉はへばりついただけでポタリとは落ちない。というか、屋根から天井に水滴が落ちた衝撃でへばりついた水玉は霧となり、その下で天井を見上げるオレの顔に降り注ぐわけなんだけど。
 大雨の日には、雨漏りの個所が増える。天井の決まった箇所からそのまま落下する雨漏りは、その下に雨受け容器を置けばいいので問題ない。面倒なのは、A地点で天井から顔を出した水滴がその場では落ちず、天井をツツーと伝って数十センチ離れたB地点で床に落下するケースだ。降り始めのうちはAからBへと天井を横に移動したのちに床へと落下していた雨漏りは、雨量が増えるとA―B間の任意の地点からポタポタと落下し始める。オレは、床がびしょびしょになるのがイヤなので、A地点の下からB地点の下まで器を一直線に並べて対応する。
 これで問題解決かというと、そうはいかない。夜寝るときにオレの頭を置くベストポジションが、B地点の真下なのだ。

██松原荘ひと口メモ
松原荘の2階には四畳半の部屋が4つある。というか4つしかなく、どの部屋も角部屋で、窓が2面にある。各部屋の出入り口は、建物の中心側にある。アパート全体がなんか傾いていて、特にオレの部屋の場合、窓側が高く出入り口が低くなっている。

 頭を高くして寝たいし、朝日に眠りを邪魔されたくないという条件を考慮すると、どうしてもB地点の下に頭がくるようなポジションで寝ることになる。
 頭を低くして寝ると最初は気持ち悪いだろうが、そのうち慣れる。でも、そうなると、必然的に頭は出入り口に近くなる。出入り口の板の間はイコールキッチンスペースであり、ゴキブリの世界。
 21世紀の東京において、室内に生息するゴキブリは小型が主流であり、デカくて黒いゴキブリは基本的に屋外に住んでいる。だが30年前の東京のアパートは各種ゴキブリがうごめくゴキブリックパークだった。夜、ラジオを消し電灯も消して寝ようとすると、カサコソカサコソ(移動音)、チュルチュルジュルジュル(すすり音)、バキバキガリガリ(齧り音)と恐怖のサウンドがすぐ近くで鳴り響く。だからB地点に頭を置きたいのだ。

 ある晴れた日、来るべき梅雨に備えて、A―B地点の線状の雨漏りに対するゾーンディフェンスを敷くことにした。天井に、四角いゴミ収集袋の四つ角をガムテで固定するってだけのことなんだけどさ。
 テキトーに張った天井のゴミ収集袋は、ふんわりした感じだった。夜、寝る前に、「これで、雨の日でも寝るときに頭の向きを変えずに済む」と考え、満足した。

 何日かたって、雨が降った。
 天井から雨水がゴミ収集袋にポタ……ポタ……ポタ……ポタと落ち始めた。
 砕け散った雨水がゴミ収集袋に線状に並んでいるのが透けて見える。
 ばっちりだぜい。
 ところが。
 はじめのうち独立していた雨水たちは、そのうち結びつき、ゴミ収集袋の中心に集まりだした。
 時間がたつにつれ、中心の雨水の量が増えていく。
 天井に張り付けたときにはフワっとしていたゴミ収集袋が、ピーンと張っている。
 こ~わい。

 そのうち水の量がラーメン丼の半分くらいになった。たぶん1リットル弱くらい。
 このままでは、四つ角に張り付けたガムテがはがれてしまう。
 オレはガムテを補強した。
 そして、もちろん考えた。水の量が丼1杯分に増える→さらにガムテで補強する→丼2杯分になる→これでもかってほどガムテだらけにする→丼4杯分に……なんてイタチごっこは、いつまでも続かない、ガムテでいくら角を補強したって、いずれ、ゴミ袋から水があふれ出るときがくるだろう、と。

 ある程度溜まったら、水を抜かなきゃいけない。水量が少ないうちに、いっぺん試しておくことにした。
 水を抜くのは、4辺のうちの、部屋の中央側の1辺。
 右手で洗面器を構え、左手に持った傘の柄でゴミ収集袋の真ん中をゆっくり持ち上げる。
 うわっ、洗面器のないほうに水が動いた~!
 ビビった~! ……ンフフっ。ちょっと笑ってしまう。
 傘の柄ではムリだな。
 イスの上に乗って洗面器を構え、左手の5本指で下から水溜りを支えながらゆっくり動かしたら、なんとか水を洗面器に導くことができた。けっこうデリケートな作業だ。
 ラーメン丼半分の量だから簡単に排水できたけど、2杯分を超えたら、たぶん相当スリリング。
 その日以降、たまにガムテの補強・張り替えが必要になったりはしたが、早め早めの排水を心がけたおかげで水難に見舞われることはなかった。

つづく