2014年2月4日火曜日

東京ドメスティック 13

マイ共同便所

 オレのアパートには4部屋あって、そのうち3部屋は倉庫として使われている。住んでいるのはオレだけ。だから共同便所は、“共同”とはいっても、実質的にマイ便所だ。壁一枚をへだてた隣が便所であり、距離的にもマイ便所と呼んで差し支えない。自分の部屋の窓を開けて左を見ると、約90センチ先に便所の小窓がある。だから、ウチに遊びに来た友達が用を足し終えて「おーい吉田~、紙ねーぞ」ということになったら、傘のさきっぽにトイレットペーパーをぶら下げて渡したりもできるのである。


 数年前は4部屋すべてに人が住んでいた。
 控えめに言ってもみなおっさんで、酒飲みの下痢っ腹じじいばかりだった。
 部屋にいると、用を足す音が臨場感たっぷりに聞こえてくる。
 たとえば、
「ブリュッ、ブリ、ブリリッ」
 あるいは、
「う~~~~~~~~~~ブバッ!」
 はたまた、
「サラサラサラサラサラ」


 糞ったれじじいたちは3人3様の汚し方をした。
 Y中さんは、和式便器内の2、3方向に向かって勢いよく汚し、さらに便器のヘリ(おもに右側)に、ちょろっと足跡そくせきを残す。以前は便器の中だけを汚していた。便器のヘリにウンコを乗っけるようになったのは大腸ガンの手術を受けてからだ。
 Y中さんは汚れた便器をそのままにしておくので、オレが掃除する。
 Y中さんはすごく顔の怖い人で、ちょくちょくアパートの窓を開け、向かいのカラオケスナックや道行く酔っ払いに怒鳴り声を浴びせていた。そんな怖い人に「自分で掃除してください」とか、そんなこと言おうなんて気にはならない。銭湯で会ったら背中に絵が描かれていて、その絵が線画っぽかったからといって、「塗り絵ですか?」なんて聞けるはずもない。


 U田さんは、顔はやさしげだったが、やはり怒鳴る人だった。携帯電話で話しながら便所に入り、出すものを出し、電話の相手に怒鳴り、出し、また怒鳴るという感じで忙しかった。Y中さんより頻度は少なかったが、U田さんも便器の外(おもに左側)を汚す人だった。便器の左側のヘリにぺちょっと残されていた。U田さんは左利きだ。紙を持った左手を斜め後ろから尻へと回し、かたや拭かれる側もお尻のほうからお迎えに、ということで肛門が便器の左側のヘリの上まで来たところでうんちが落下し一瞬遅れて紙が肛門に、とういうことなのだろう。
 で、U田さんが汚したあともオレが掃除する。U田さんには勝てそうな気がするが、人によって態度を変えるのも面倒だし。


 A藤さんが汚すのは便器の内側だけだった。だが、音に関してはいちばんインパクトがあった。ものすごい破裂音だった。A藤さんの後に便所に入ると、散弾銃でも打ったみたいに便器内一面に飛び散っていた。破裂音の大きさに見合うだけの汚れっぷりだった。
 A藤さんが発するのは、下からの音だけじゃなかった。ちょくちょく、上の口からも強烈な音を発した。
「オロオロオロオロロ~、はあはあ、ペッ!」
 A藤さんがゲロるのは朝であり、その時間帯はオレの食事の時間でもあった。
 オロオロの音を発するA藤さんと、その音を聞きながらメシを食うオレ。
 1枚の壁をへだてた向こうとこっちで、口の使い道が正反対の2人なのでした。

初出:2010年11月4日

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