2013年4月23日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その9

浣腸――ビギナーの我慢の限界

 月曜日の午前5時半、看護婦に起こされる。浣腸の朝だ。
 前夜、寝る前に下剤を飲んでいるので、腹の中はゆるゆるになっているはずだ。実感はないが、たぶん、ゆるゆるだ。
 入院4日目になるけど、浣腸のために登場したこの看護婦とは初対面。浣腸のスペシャリストなのだろうか。でも、すごく若い。
 若い看護婦はオレに、横を向いてお尻を出すように指示する。クールに指示する。さすがスペシャリストだ。
 これから、という寸前に、ちょっとした笑いが欲しくて、
「やさしくしてください」
 なさけない声をつくって言うと、
「は?」
 看護婦は真顔で問い返してきた。
「あの、痔が悪いので、やさしく……」
「はあ、そうですか」
 スベった。たんなる痔のおやじと看護婦の普通の会話になってしまった、とヘコんでいるうちに作業は完了。さすがスペシャリストだ。
「すぐにはトイレに行かずに、ギリギリまで我慢してください」
 そう言い残すと、若い看護婦は忙しそうに病室から出て行った。その後ろ姿は丸みを帯びている。さすがスペシャリストだ。
 ギリギリまで我慢するように言われたので、ギリギリまで我慢しようと思う。
 でも、すぐギュルっときたので、とりあえずトイレに急いだ。個室の前でギリギリまで我慢するつもりだ。
 そうはいっても、すぐ、びっくりするくらいギュルギュルっときたので、あわてて個室に入ってカギを締めた。ギリギリになったらパンツを下ろせばいい。
 なかなか思惑どおりにはいかないもので、かつてないほどにギュルギュルギュルってなった瞬間、迷わずパンツを脱いで便座に腰掛けていた。
 この体勢でギリギリまで我慢すればなんの問題もないわけですな、と頭の中で言い終える前にダムは決壊した。病室でギリギリまで我慢してたら完全にアウトだったな。
 午前中に病室とトイレを4、5回も往復したら、腹の調子は落ち着いた。ホッとして、腹がへってノドも渇いてることを思い出したが、まもなく点滴が始まると空腹もノドの渇きも感じなくなった。
 点滴のときに、家族は何時ごろ来るのかと看護婦に聞かれた。
 だから、来ねーっつーの。

つづく

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