2013年3月19日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その4

病棟デビュー

 1998年6月26日午前10時。
 外来診察室前のベンチには、この日入院する患者たちが集まっていた。大きめの荷物を持っているし、みんな2人連れなのですぐにわかる。2人連れのどっちが入院するのかはわからないが、いずれにしてもおっさんとおばさんと、おじいさんとおばあさんと、もっとおじいさんとおばあさん。オレもおっさんだけど、このなかでは一番若い。
 看護婦が自己紹介してから、この日入院する患者の名前をひとりずつ呼んだ。オレの番がきて返事をすると、
「吉田さん、付き添いの方は?」
 と聞いてきた。
「はい。ひとりです」
 オレは、自慢げに言った。


 外来の南側にある別棟9階の外科病棟に連れて行かれ、ナースセンターの前で病棟の設備についての簡単な説明を受けてから、ほかの患者たちもオレもそれぞれの病室におさまった。
 オレの病室は、ナースセンターの前を通って一番奥左の911号室。6人部屋だ。中に入ると、約1メートル幅の通路の左右にベッドが3台ずつ並んでいる。入ってすぐ左がオレのベッド。隣には、じいさんが寝ていた。入り口を入ってすぐ右側のベッドはカーテンが閉め切ってあって、どんな人がいるのかわからないが、ときどきうめき声が聞こえる。あとでその人と話をしたら、工事現場で重機に挟まれヒザの骨がぐしゃぐしゃになって緊急手術をした翌日だったらしい。あとの3人のことは覚えていない。
 911号室と廊下をはさんだ向かい側は女の人の病室で、おばさんとおばあさんばっかりだけど、ひとりだけ若い女の人がいた。パジャマ姿の若い女の人を見るのは久しぶりだ。パジャマ姿の若くない女の人を見るのも久しぶりだった。
 午前中は、問診票に記入するくらいで本格的な診察もなく、すぐ昼食の時間になった。オレは作務衣姿でデイルームに行き、自分の名前のあるお膳をコンテナから取り出してテーブルについた。一番乗り。ちなみに、パジャマじゃなく作務衣にしたのは、もともとパジャマを着る習慣がなかったし、スーパーで作務衣を安売りしていたからだ。あとで親しくなった看護婦に、「吉田さんはソバ職人らしいよ、ってうわさされてたよ」って聞かされた。これはウソ。
 ご飯は炊きたてとはいかないにしても、そこそこ温かかったし、おかずも5品くらい付いている。味も問題ない。自分ではいつも2品くらいしか作らないから、それと比べてもうれしい食卓だ。いまどきの病院食はずいぶんよくなっているんだなと思ったけど、この何年か後に友達のNブーが骨折で入院したK病院の食事を見て、病院によってまるっきり違うんだなってわかった。K病院では、丼物(漬物も丼の中に入っている)か、小学生がキャンプで使うような仕切りのある皿にゴハンとオカズを盛り付けるっていうパターンのどっちかだった。
 午後になって看護婦に、3種類のバンソーコーを腕に貼られ、2種類の抗生剤を皮下注射された。相性だかなんだかを見るんだとか。それから採血と、検温、血圧測定。血圧は上が150ちょっとで下が110近く。ばりばりの高血圧。
「吉田さん、血圧が高いですねー、若いのにねえ」
 看護婦が、これは困ったってな表情で言う。中年のオヤジだと自覚していたオレが、ここでは若者扱いだ。それはいいとして、血圧が高いままで手術するのは問題があるらしく、血圧を下げる薬(錠剤)を飲まなきゃいけなくなった。

つづく

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