2013年3月5日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その2 剃毛と銭湯問題

剃毛と銭湯問題

 パンツを下ろしてふくらみを見せると、医者は軽く触ってすぐに言った。
「ヘルニアですね、鼠径そけいヘルニア。昔の言い方だと脱腸」
「ああ、はい、へへ」
 やっぱりかよと思ってがっかりしつつ、半笑いを浮かべてしまった。
「いつにします?」
 なんか急展開。
「あの? へへへ」
 でも半笑いはキープ。
「手術。手術しないと完治しないんですよ」
「ああ、はい」
「手術は初めてですか?」
「……はい」
 半笑いには、すでに力がなくなっていた。
 オレが余裕の対応をしているわけじゃないってことがわかったらしく、医者はなぐさめるように言ってくれた。
「簡単な手術ですよ。内臓を切るわけじゃないですから、盲腸の手術よりよっぽど危険は少ないです。まあ、切るわけですから、100パーセント安全ではないにしてもね」
「あの、お金はどれくらいかかるんですか?」
 金は、一番大きな問題だ。
「手術自体は簡単なので、手術代はそれほどかかりません。あとは入院費用ですね。初めての手術でも、1週間かそこらで退院できますから、そんなにはいかないでしょう」
「だいたい、いくらくらいに……」
 「ちょっと正確な金額は私、アレなんで、あとで1階の医事課で聞いていただけますか」
 医者にとって、金はそれほど大きな問題ではない。
「ああ、はい、わかりました。それと、あの……」
「なんでも聞いてください。初めての手術は不安なもんですからね」
「ここらへんの毛は、剃るんですか」
 パンツをおろしたまま手のひらをヒラヒラさせ、もじゃもじゃのあたりを指し示した。これは、2番目に大きな問題だ。
「そういうことになりますね。おへそのあたりから太ももの中ほどくらいまで、けっこう広い範囲を剃りますね」
「そうなんですか、っはぁ」
「3カ月もすれば元どおりになりますよ」
 ニコニコしながらそう言う医者は、オレのアパートに風呂がないなんてことは想像もしない。もじゃもじゃしてるはずの場所がつるつるしてたら、銭湯では絶対に注目を浴びる。そんなつるつる男がいたら、オレだって見る。
「その間、銭湯には……」
「銭湯? まあ、銭湯は我慢ですね」
 つるつるで銭湯に行ったらまずいだろうということをわかっている医者は、オレが趣味で銭湯に行くわけではないことをわかっていない。
「どうします? なんだったらこの場で手術の日にちを決めますか」
「はい」
 オレって理解が早いでしょ? って感じの返事を返した。もう、しょうがないから。
「それじゃあ、えーと、6月の29日はどうです。月曜日。入院も手術も初めてということで、いろいろ検査をしなきゃいけないんで、ちょっと早いんですが、26日の金曜日に入院していただいてよろしいですか」
「はい……、わかりました。それでお願いします」
 それから看護婦に別室に連れて行かれて入院のシステムや事前に用意しなきゃならない物の説明を受け、いろんなことが詳しく載っているパンフレットをもらった。入院当日だか手術の日だかに、家族が手術同意書に記入し捺印しなければならないみたいだ。でも、家族は田舎にいて、来られない。というか、脱腸の手術くらいで呼ぶつもりはない。そう説明すると、看護婦は「えっ? このひと何?」って顔をした。それからちょっと待たされて、婦長さんらしき人からOKが出たようで、郵送して書名捺印してもらえばいいということになった。ひとり暮らしの人が手術するのって、そんな珍しいのか?
 帰りに医事課に寄って料金を聞いたら、3割負担の国民健保の場合、手術費用と入院費用、食費なんかを合わせて、1週間でだいたい10万円。予想していたよりは安い。でも、ほっとするほど安くもなかった。10万円あれば、家賃を入れてもひと月楽勝で暮らせる(当時)。

※手術する医者の考え方にもよるだろうが、現在では、剃毛に起因する感染症を避ける意味でも、剃毛は行わないのが普通だそうだ。短く刈り込むのかな。

つづく

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