第三の痛み
病室から先生と看護婦の気配がしなくなってすぐ、オレはゆかたの前をはだけ、T字帯をめくった。メスを入れた箇所がどうなっているのか見たかったのだ。でもまあ、当然のことながら、キズ跡がモロ出しになっているわけもなく、ショートホープくらいの大きさのガーゼがバンソーコーで貼り付けてあった。
問題はウルトラマンだ。ひょっとして、焚き火のまわりで焼いている、口に串を突っ込まれたニジマスみたいになっているのかと思ったが、そんなことはなく、あくまでも口に管を突っ込まれたウルトラマンでしかなかった。ただ、管がウルトラマンの口にバンソーコーで固定されているのにはギョっとした。ただでさえナイーブなウルトラマンの、とりわけナイーブな口にバンソーコーみたいな前時代的なアイテムを貼り付けるだなんて。
そのあと、テレビを見たり本を読んだりするうちにうとうとして、目を覚ましてはT字帯をめくってガーゼと管を確認した。何度見たって別に変化なんてないんだけど、なぜか見ずにはいられない。
10時になった。手術から3時間が経った。少しくらいなら水を飲んでもいいって言われた時間だ。ときどき様子を見に来る看護婦も「痛くないですか」と聞いてくれるようになったし、そろそろ麻酔は切れ始めているはずなんだろうけど、痛くない。ひょっとして痛みに対して異常に強い体質なのではないだろうか、オレってカッコいいかも、なんて思って、痛み止めの錠剤は飲まなかった。
11時。痛い。じわじわと痛い。傷口が痛いのか糸でしばった筋肉が痛いのかわかんないけど、痛い。痛み止めの錠剤を飲んだが、そりゃーすぐには効かない。10時に飲んどけばよかった。くそーっ!
11時半。看護婦が来た。「痛み、大丈夫ですか」って聞かれて、「痛いけど、まだ大丈夫。さっき、痛み止め飲んだし」って答えてしまった。これから右肩上がりに痛くなってったら、どうしよう。
0時。いでー、いでー、痛み止めなんてぜんぜん効かねーじゃん。みしみし痛てーよー。オレって痛みに異常に弱い体質かもしれん。あっ、今日、6月30日じゃん……。傷口あたりだけじゃなく、ウルトラマン関係もささやかに痛い。ナースコールしようかな。でもな、「大丈夫」って言ったのがたった30分前だしな。それに、日が変わって今日でオレ40歳じゃん……。もうちょっと頑張れるか……。
0時1分。ナースコールのボタンを押した。
「どうしました?」
「あ、やっぱり座薬もらおうかなと思って」
「わかりました、すぐに行きますね」
5秒、10秒、20秒……。なんだよ、すぐ来るって言ったじゃん! あったまくるなー、バカ看護婦!
「痛み、ひどいですか?」
ひでーから呼んでんだよ! 2分も待たせやがって。
「うん、なんか、けっこう痛いかなって感じ」
無理して穏やかな言い方をした。嫌われたくないから。
「ぜんぜん我慢することないですからね。じゃ、座薬お入れしますね」
「あっ、オレ自分で入れますよ」
男の美学だ。数分前40歳になったばかりの男の美学だ。
「でも、たぶん無理だと……」
「大丈夫。痔の座薬よく入れてて、慣れてるから」
「そうですか……」
オレは余裕の笑顔を作って、座薬を持った手をお尻に伸ばした。ぎょえ、痛てー! 黙ってても痛いのに、無理に手を後ろに回してそしてさらに伸ばしたもんだから、痛みが5割増し。
「うひぇ、いて、ひぇ、ひょっ、いて」って笑い声のような泣いてるような声が出てしまった。それでもやせ我慢して、座薬が標的に触れるところまで持っていった。でも、痛すぎて中に入れる力が出ない。
見かねたのか、看護婦がオレの手をやさしく制止した。
「無理することありませんよ。痛いときは素直に痛いって言っていいんですから。こっちでしますから。そのために看護婦がいるんですから」
オレは素直になった。素直な尻を素直に看護婦に向けて、素直に座薬を受け入れた。
素直になったついでにお願いした。
「なんか膀胱なのかどこなのかよくわかんないんですけど、しくしくするような重いような感じで痛いんですよ。これって、どうにかなりますか」
看護婦は管とフリーザーパック(Lサイズ・マチ付き)を見て、
「お小水が濃いですね。ちょっと点滴の量を増やしましょう。そうすれば、もうちょっと薄くなって出やすくなると思います。それから、管が途中で折れ曲がっていると、そこで流れが止まって出にくくなりますから、ときどき見て、折れてたら直してください」
「わかりました。それと……、あの、ここの、バンソーコー、管が引っ張られると、痛いんですよね」
「それはしょうがないですね、なるべく管を引っ張らないようにしてください」
そりゃそうだけど。
座薬を入れてもらってすぐに痛みがやわらぐわけじゃないが、確実に気はらくになった。明るい未来が待っているんだと思えば、今の苦しみは乗り越えられる。
でも、やっぱり痛てー。
時間が経つと、慢性的なじんじんという痛みが傷口の痛みで、筋肉に力がかかったときの突発的かつ爆発的痛みが脱腸手術ならではの痛みだとわかるようになってきた。
座薬が効いてきて痛みにも慣れてきて、これだけなら眠れるのに……。
そんなことを思いながら、折れ曲がった管をまっすぐにする。すると、膀胱あたりの重い痛みがすーっと薄れる。これで眠る体勢に入ろうとするんだけど、10分も経たないうちに重い痛み。しかたなく目をあけて、管をまっすぐにする。2時間以上もこの繰り返しをしているうちに、いつの間にかうとうとしていた。
何分経ったかわからないけど、目が覚めかけて、すんげー重くて痛いなあ、でも眠いなあと思っていたら、急に痛みがひいた。あれ……。
ベッドの横に看護婦がしゃがみこんでいる。管を直してくれていたのだ。
ありがとう、やさしい看護婦さん、とオレは心の中で礼を言った。
やさしい看護婦はちょっとがさつな看護婦でもあって、去り際に手かなんか知らんが管に引っかけやがった。
ちっ、アホ看護婦! キミが思っている以上にウルトラマンはバンソーコーに敏感になっているんだからな!
病室から先生と看護婦の気配がしなくなってすぐ、オレはゆかたの前をはだけ、T字帯をめくった。メスを入れた箇所がどうなっているのか見たかったのだ。でもまあ、当然のことながら、キズ跡がモロ出しになっているわけもなく、ショートホープくらいの大きさのガーゼがバンソーコーで貼り付けてあった。
問題はウルトラマンだ。ひょっとして、焚き火のまわりで焼いている、口に串を突っ込まれたニジマスみたいになっているのかと思ったが、そんなことはなく、あくまでも口に管を突っ込まれたウルトラマンでしかなかった。ただ、管がウルトラマンの口にバンソーコーで固定されているのにはギョっとした。ただでさえナイーブなウルトラマンの、とりわけナイーブな口にバンソーコーみたいな前時代的なアイテムを貼り付けるだなんて。
そのあと、テレビを見たり本を読んだりするうちにうとうとして、目を覚ましてはT字帯をめくってガーゼと管を確認した。何度見たって別に変化なんてないんだけど、なぜか見ずにはいられない。
10時になった。手術から3時間が経った。少しくらいなら水を飲んでもいいって言われた時間だ。ときどき様子を見に来る看護婦も「痛くないですか」と聞いてくれるようになったし、そろそろ麻酔は切れ始めているはずなんだろうけど、痛くない。ひょっとして痛みに対して異常に強い体質なのではないだろうか、オレってカッコいいかも、なんて思って、痛み止めの錠剤は飲まなかった。
11時。痛い。じわじわと痛い。傷口が痛いのか糸でしばった筋肉が痛いのかわかんないけど、痛い。痛み止めの錠剤を飲んだが、そりゃーすぐには効かない。10時に飲んどけばよかった。くそーっ!
11時半。看護婦が来た。「痛み、大丈夫ですか」って聞かれて、「痛いけど、まだ大丈夫。さっき、痛み止め飲んだし」って答えてしまった。これから右肩上がりに痛くなってったら、どうしよう。
0時。いでー、いでー、痛み止めなんてぜんぜん効かねーじゃん。みしみし痛てーよー。オレって痛みに異常に弱い体質かもしれん。あっ、今日、6月30日じゃん……。傷口あたりだけじゃなく、ウルトラマン関係もささやかに痛い。ナースコールしようかな。でもな、「大丈夫」って言ったのがたった30分前だしな。それに、日が変わって今日でオレ40歳じゃん……。もうちょっと頑張れるか……。
0時1分。ナースコールのボタンを押した。
「どうしました?」
「あ、やっぱり座薬もらおうかなと思って」
「わかりました、すぐに行きますね」
5秒、10秒、20秒……。なんだよ、すぐ来るって言ったじゃん! あったまくるなー、バカ看護婦!
「痛み、ひどいですか?」
ひでーから呼んでんだよ! 2分も待たせやがって。
「うん、なんか、けっこう痛いかなって感じ」
無理して穏やかな言い方をした。嫌われたくないから。
「ぜんぜん我慢することないですからね。じゃ、座薬お入れしますね」
「あっ、オレ自分で入れますよ」
男の美学だ。数分前40歳になったばかりの男の美学だ。
「でも、たぶん無理だと……」
「大丈夫。痔の座薬よく入れてて、慣れてるから」
「そうですか……」
オレは余裕の笑顔を作って、座薬を持った手をお尻に伸ばした。ぎょえ、痛てー! 黙ってても痛いのに、無理に手を後ろに回してそしてさらに伸ばしたもんだから、痛みが5割増し。
「うひぇ、いて、ひぇ、ひょっ、いて」って笑い声のような泣いてるような声が出てしまった。それでもやせ我慢して、座薬が標的に触れるところまで持っていった。でも、痛すぎて中に入れる力が出ない。
見かねたのか、看護婦がオレの手をやさしく制止した。
「無理することありませんよ。痛いときは素直に痛いって言っていいんですから。こっちでしますから。そのために看護婦がいるんですから」
オレは素直になった。素直な尻を素直に看護婦に向けて、素直に座薬を受け入れた。
素直になったついでにお願いした。
「なんか膀胱なのかどこなのかよくわかんないんですけど、しくしくするような重いような感じで痛いんですよ。これって、どうにかなりますか」
看護婦は管とフリーザーパック(Lサイズ・マチ付き)を見て、
「お小水が濃いですね。ちょっと点滴の量を増やしましょう。そうすれば、もうちょっと薄くなって出やすくなると思います。それから、管が途中で折れ曲がっていると、そこで流れが止まって出にくくなりますから、ときどき見て、折れてたら直してください」
「わかりました。それと……、あの、ここの、バンソーコー、管が引っ張られると、痛いんですよね」
「それはしょうがないですね、なるべく管を引っ張らないようにしてください」
そりゃそうだけど。
座薬を入れてもらってすぐに痛みがやわらぐわけじゃないが、確実に気はらくになった。明るい未来が待っているんだと思えば、今の苦しみは乗り越えられる。
でも、やっぱり痛てー。
時間が経つと、慢性的なじんじんという痛みが傷口の痛みで、筋肉に力がかかったときの突発的かつ爆発的痛みが脱腸手術ならではの痛みだとわかるようになってきた。
座薬が効いてきて痛みにも慣れてきて、これだけなら眠れるのに……。
そんなことを思いながら、折れ曲がった管をまっすぐにする。すると、膀胱あたりの重い痛みがすーっと薄れる。これで眠る体勢に入ろうとするんだけど、10分も経たないうちに重い痛み。しかたなく目をあけて、管をまっすぐにする。2時間以上もこの繰り返しをしているうちに、いつの間にかうとうとしていた。
何分経ったかわからないけど、目が覚めかけて、すんげー重くて痛いなあ、でも眠いなあと思っていたら、急に痛みがひいた。あれ……。
ベッドの横に看護婦がしゃがみこんでいる。管を直してくれていたのだ。
ありがとう、やさしい看護婦さん、とオレは心の中で礼を言った。
やさしい看護婦はちょっとがさつな看護婦でもあって、去り際に手かなんか知らんが管に引っかけやがった。
ちっ、アホ看護婦! キミが思っている以上にウルトラマンはバンソーコーに敏感になっているんだからな!
つづく
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