江戸俳句その2
馬鹿づらに白き髭見ゆけさの秋
高井几菫(きとう)(1789年没。享年49)著「井華(せいか)集」(古典俳文学大系13『中興俳諧集』鳥居清・山下一海校注/集英社)に見える句。几菫は蕪村門下の重鎮で、「其雪影」「あけ烏」などの編著がある。ちなみに「今朝の秋」は秋の季語で、立秋ごろの朝をいう。気がつくと季節はいつしか秋、ヒゲが白くなった自分も人生の秋を迎えているというのに、これまでの人生でたいしたことも成し遂げていないことよ、そいでもって嗚呼馬鹿づら。
麦秋や馬に出て行馬鹿息子
炭太祗(たんたいぎ)(1771年没。享年63)の句集「太祗句集」(古典俳文学大系13『中興俳諧集』鳥居清・山下一海校注/集英社)に収められた句。太祗の句は技巧的に優れたものが多く、蕪村にも高く評価されていたという。「麦秋」は夏の季語で、麦の収穫時期である初夏を意味し、「馬」は、おそらく、笹竹を魔女の箒のように股の間に挟んで遊ぶ「竹馬」のこと。違うかもしれない。
春立や愚の上に又愚にかへる
数え年で61歳を迎えた一茶(1787年没。享年65)が文政6年の正月に「還暦の感」と題して書いた文章の最後に記した句。その文章には「されば無能無才(むのうむさい)も、なかなか齢(よわい)を延(のぶ)る薬になんありける」とある。馬鹿なことも、心穏やかに生きていくのにはかえってよかったということだ。ちなみに、十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)と十干(じっかん)(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)を組み合わせて、「甲子」「乙丑」……「癸亥」と60年(十と十二の最小公倍数)で干支がひとまわりして61年目(数え年で61歳)に再び「甲子」へと還るのが還暦。
初出:2008年5月19日
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