2013年8月26日月曜日

馬鹿をめぐる名言27

ドストエフスキー
月一度なりとも、自分で自分をばかと呼ぶ人が、だれよりいちばん賢いのである。――現代ではめったに聞かれない能力だ! もとはばか者が少なくとも年に一度なりと、自分で自分のことをばかと考えたものである。ところが、きょう日では決して、決して。事態がすっかり混乱してしまったので、もはやばか者と利口者の区別さえ立たなくなった。
 現代では、自分で自分を馬鹿と呼ぶ人は、自分を馬鹿だと思っているわけではなく、自分のことを頭が良いと思っていることを人に知られないように気をつかっているのである。
出典:ミステリーとしても面白く読める「罪と罰」など、古典=退屈という偏見とは無縁の作品を数多く残しているロシアの小説家ドストエフスキー(1821~1881年)の「作家の日記」(『ドストエーフスキイ全集 14』米川正夫訳/河出書房新社)より。話は変わって、かなり以前、現実逃避の一環で「カラマーゾフの兄弟」を読んでいて、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」そっくりの話を見つけた。生きているときに何ひとつ良い行ないをしなかったある意地の悪いお婆さんが死んで火の湖(うみ)に投げ込まれたが、一度だけ貧しい人にネギを1本やったことがあることを守護天使が思い出し、お婆さんにネギを差し伸べて助けようとする。そのネギにつかまったお婆さんは、もう少しで助かるというときに、あとに続いてのぼってくる他の餓鬼たちを蹴落とす。そこでネギがプッツン、という話だった。こんなところに芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のルーツがあったんだと思っていたが、念のためにインターネットで調べてみたら、どうやらポール・ケーラス著「因果の小車」が元ネタで、登場人物の名前も「蜘蛛の糸」と一緒だとか。『鈴木大拙全集<第26巻>増補新版』(岩波書店)に載っているみたいだが、渋谷区立図書館にも世田谷区立図書館にも『鈴木大拙全集』の旧版しかなくて確認できなかった。と書いて1年以上放っといたが、やっぱり気になってネットの「東京都公立図書館横断検索」(区立図書館と都立図書館の蔵書がわかるんですよ!)で調べてみたら他の区の図書館にこの本(『鈴木大拙全集<第26巻>増補新版』)があって、渋谷区笹塚図書館経由で取り寄せてもらった。うーん、便利だ。「因果の小車」と題した項には5つほどの短い話が載っていて、肝腎の話のタイトルは……、なんとそのまんま「蜘蛛の糸」。ちなみに「因果の小車」の冒頭の「緒言」には、次のような記述がある。「此書の原文は『カルマ』と題し、在米独逸哲学士ドクトルポール、ケーラス氏の著述に係れり(中略)その初めて氏が管理せる米国哲学雑誌『オップン、コールト』に掲載せらるゝや、忽に露国の偉人トルストイ伯爵の健筆によりて露語に訳出せられ、次で独仏英の重訳続々行はれ、之が為『カルマ』はトルストイ伯の著述なりとの誤聞を伝ふるに至れり」。かくしてドストエフスキーと芥川、トルストイが一本の糸でつながった。というのはあまりにも強引なオチ。
初出:2008年4月28日

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