近代以降その4
四月馬鹿ローマにありて遊びけり
みちのく岩手は盛岡生まれ盛岡育ちの随筆家で俳人、山口青邨(1892~1988年)の句集「雪国」(『現代俳句大系 第五巻』富安風生・水原秋櫻子・山本健吉監修/角川書店)から、昭和13年に詠まれた句。青邨の句にはみちのくを詠んだものが多い。その情景は、南国の人にとってはさびしくきびしそうに映るだろう。この「四月馬鹿~」の句にはそういった自然描写はなく、ヨーロッパでちょいとはしゃいだ気分になっている様子がうかがえる。ちなみに「青邨」は「せいとん」ではなく「せいそん」と読む。筆者も盛岡の出身で、というか、盛岡の出身だが、パソコンに「とん」と入力して漢字変換を試みる、ごく普通の初老ライターだったりもするわけである。
地獄痣なく老いにけり四月馬鹿
高浜虚子に師事し、生涯写生にこだわった女流俳人、阿部みどり女(じょ)(1886~1980年)の「雪嶺」に収められた句。「地獄痣」は老人性のしみのことだろう。夫や息子、娘を亡くし、本人も大病を患ったりと、大変な人生だったようだが、『現代俳句大系 第六巻』(角川書店)の野沢節子さんの解説には、「『地獄痣』のこの明るさは、八十年のみどり女の逆縁を貫き、俳句に賭けた境涯の至り得た明るさであろう」とある。
四月馬鹿のんしやらんすの咄せり
昭和22年に発行された下村槐太(しもむらかいた)(1910~1966年)の句集「光背」(『現代俳句大系 第六巻』富安風生・水原秋櫻子・山本健吉監修/角川書店)より。「のんしゃらん」(nonchalant)は、無頓着な様子を表すフランス語だが、生活はシビアに貧乏だったようだ。そんなわけで、句集「光背」は謄写版刷り(鉄筆で原紙にガリガリ字を書く、あの「ガリ版刷り」)。
初出:2008年7月18日
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