2013年7月18日木曜日

七五調の馬鹿11

近代以降その1
世の中の米は半分馬鹿が喰い
 肉襦袢絵師として滅び行く伝統文化を支える一方で、川柳でも才能を開花させた花酔(かすい)が詠んだ川柳。『川柳総合辞典』(尾藤三柳編/雄山閣出版)によると、英語などの対訳付きで川柳を掲載した雑誌「S・H・K」の創刊号(昭和12年創刊)に収められた句とのこと。ここで返句を。「世の中の米は半分馬鹿が喰い」「残りの半分備蓄に回す」。
夜が来た 兎も亀も馬鹿だった
 冨二(とみじ)(中村冨二。1912~1980年)の川柳。『川柳総合辞典』尾藤三柳・編(雄山閣出版)によると、「革新川柳の旗頭として巨きな足跡を残した」とのこと。ほかにも「太陽は一つ 卵は二つある」「たちあがると 鬼である」などの句があり、昔の革新川柳って面白ーなと感心させられた。話は変わって、冨二は「数珠買って静かな馬鹿になってゆく」という句も残している。この句は、2001年に現代川柳柳人叢書刊行会から出版された『中村冨ニ・千句集』(1981年にナカトミ書房から出版された本の復刻版)に収められているはずなのだが、都立図書館にも区立図書館にもなく、神保町でも見つからなかった。国会図書館にあることはわかっていて、そのうち確認しにいこうと思いつつ、1年半が経過してしまった。だって、国会図書館で本を1冊調べて1枚のコピーをとるだけで、半日つぶれるんだもの。
無くなりぬとおもひしものが、
ついそこにありたるがごとき
 ばからさしさかな。
 石川啄木と親交のあった歌人・国文学者、土岐善麿(ときぜんまろ)(1885~1980年)の「街と家と」と題された歌の中の一首。メガネを探してたら、な~んだ頭にかけてた、っていう類のこと。ちなみに、この短歌が収められた『日本の詩歌 11』(伊藤信吉・伊藤整・井上靖・山本健吉編/中央公論社)の解説によると、啄木が歌集「一握の砂」で三行書きを採用したのは、土岐善麿の三行書きの歌を見て、それが効果的だと思ったからなんだとか。
初出:2008年6月23日

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