2013年9月3日火曜日

東京ドメスティック日常編 3

おまわりさんとタモリ倶楽部

 羽村取水堰で多摩川から取水された流れを源流とする玉川上水は、杉並の富士見ヶ丘運動場近くから地下の土管を流れる暗渠となる。京王線代田橋駅あたりでちょっとだけ顔を出してからまた地下へ。その地上部分が、桜の季節にだけ人でにぎわう玉川緑道(世田谷区大原2丁目26から大原1丁目43)だ。玉川緑道の東端で世田谷区から渋谷区へと入り、細い車道を横切ると玉川上水は再び開渠となり、巨大な土管からちょろちょろと流れ出る水が見える。
 ここから200メートルほどの区間は、玉川上水の両側に幅1メートルほどの細い道が付いていて、道と水面との落差が2~4メートルほどあり土手もほぼ垂直なので、歩行者が落っこちないように金網フェンスでガードされている。


 10年くらい前のこと。
 玉川緑道の東端の細い車道にパトカーが2台停まっていて、若いおまわりさんが3~4人うろうろしていた。何やってんだろう、と思いながら、その車道を横断し、玉川上水脇の細い道に入って10メートルほど歩いてから後ろを振り返った。いつもならこの位置からは、車道に設置された金網フェンスと、その下に大きな土管の口が見える。でも……。
 金網フェンスの上端の、水平であるはずのポールがV字状に折れ曲がっていた。V字の下に目をやると、土管の前に初老の男の人。顔が赤黒い。チアノーゼっていうんだっけ。噂で聞くのと違って、口も目も閉じていた。どこの穴からも体液らしきものは流れ出していなかった。
 いつまでそこにぶら下げたままにしとくつもりだよと心の中でおまわりさんに突っ込んだ。基本的にオレはそんなには動揺していなくて、でも、この事態を心の中でどう処理すればいいのか、「悲劇」「不幸」「死の尊厳」とか体裁のいいキーワードがふわふわと頭をよぎるんだけど、落ち着きどころが見つからない。
 それにしても、さっさと片付けたほうがいいよと考えつつ、また前を向いて歩き出したら、細い道の向こうから、やせた小さいおばあさんがやや下を見ながら歩いてきた。
 あんなもんを見たら、おばあさんがショックを受ける! おまわりさん、玉川上水脇の細い道を早く封鎖しないと。


 話は変わる。
 つい1年かそこら前のある日。笹塚のスーパーで買い物をして代田橋へと帰る途中、、この玉川上水の脇の細い道に、ジャンピング・ジャックがぶら下がっていたのとは反対側から入ろうとした。すると、30歳くらいのそうとうダサい部類に入る髪形と服装の男がオレに向かって話しかけてきた。
「えーと、すみません、今、タモリ倶楽部の撮影をしておりまして、この細い道をすぐ、撮影隊が大勢やってきますので、ちょこっと回り道していただけますか」
 ダッサくてショボい見た目なのに、言い方も普通なのに、強い。ジャンピング・ジャックのときのおまわりさんとは、場数がぜんぜん違うんだろう。オレは素直に従った。左の玉川上水沿いの道を行っても右の車道でも30秒も違わない。車道を歩き出し、180メートル先の信号で左に曲がると、60メートル先で玉川上水と合流する。
 タモリ倶楽部の撮影隊は、まだそこにいた。オレはタモリさんから3メートルほど離れたところを通り過ぎて、玉川緑道に入った。タモリさんは車道の端に立ち、ジャンピング・ジャックがぶら下がっていた金網フェンス(新しいものに交換済みだけど)に手をかけて、玉川上水を見下ろしていた。何日かあとに「タモリ倶楽部」を見たら、「あのコンクリが水門の跡なんですか」とか、そのちょっと先の道で「タコの吸い出しってあるけど……え! 今でもまだ作ってるんですか」とか言っていた。


 話は戻る。
 ジャンピング・ジャックを目撃したのちに、オレがまた細い道を歩き出したとき、反対側からやせた小さいおばあさんがやって来たんだった。
 オレは考えた。おばあさんのところまで小走りで近づいて、別の道にそれるように助言すべきじゃないのか。でも、オレにそんなことできるか。そんな葛藤をしてる間に、おばあさんは顔を上げた。
 それを目撃したに違いないおばあさんは立ち止まった。鼻の上のほうにシワを寄せ、口を開いた。
「気持ち悪っ!」
 そ、そういうストレートな感情を持ってもいいんだ……。
 オレって、心の中でもいろいろといい人のふりをこいてるよなあと思い知らされた出来事なのでした。

初出:2009年12月19日

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