2013年5月10日金曜日

ひとり大喜利「ひとり喜利」/こんな歯医者は行きたくない…

こんな歯医者、行きたくないな……。どんな歯医者?
█ お題 こんな歯医者、行きたくないな……。どんな歯医者?
回答
“不器用”をウリにしている。
高倉健のウリは“不器用”ではないことを念のために言っておきます。
█ お題 こんな歯医者、行きたくないな……。どんな歯医者?
回答
磯くさい。
磯くさいのはいい。問題は、どう磯くさいかだ!
█ お題 こんな歯医者、行きたくないな……。どんな歯医者?
回答
ちょくちょく森進一の“おふくろさんよ”の顔をする。
あふぁふぁふぁふぁ。
█ お題 こんな歯医者、行きたくないな……。どんな歯医者?
回答
歯科医師の免状に、鍋を置いたような黒ずんだ丸い跡がある。
鍋を置いたんだろうな。
█ お題 こんな歯医者、行きたくないな……。どんな歯医者?
回答
歯医者? うちは、へ医者ですけど?
あほ。じゃ、また次回。
初出:2010年11月18日

2013年5月9日木曜日

七五調の馬鹿6

江戸俳句その1
灌仏かんぶつこのうまるる馬鹿も有
『近世滑稽俳句大全』(加藤郁乎・編著/読売新聞社)で見つけた句で、同書によると出典は「吏登句集」(1787年)。「灌仏」は「灌仏会」の略で、お釈迦様が生まれた4月8日のこと。お釈迦様と同じ誕生日以外に、12月24日生まれや1月1日生まれの人も、まわりからあれこれ言われがちだ。10月10日生まれの人を、妊娠期間の十月十日(とつきとおか)を引き合いに出して、「お前の親は正月そうそう……」などとひやかすのも、定番だ。妊娠期間が10か月と10日間なら生まれるのは11月10日という突っ込みも聞こえてきそうだが、妊娠期間はそんなに長くない。数え年と同じ方式でいうと十月十日は「9か月と10日」で、昔ながらの「1か月=28日」で計算すると、262日が妊娠期間ということになり、正月1日に懐胎したんなら、誕生は9月の末くらいになる。とはいえ、WHOかなんかの定義だと妊娠期間は280日となっていて、これなら10月10日がほぼ正解だ。
妻恋つまこひ馬鹿幾人ばかいくたり有乳山あらちやま
 古典俳文学大系8『蕉門名家句集一』(安井小洒編/集英社)から近江蕉門の長老、尚白(しょうはく)(1722年没。享年73)の句。尚白が住んでいた大津からほど近い京都西陣には、授乳の神様「岩神祠(いわがみのほこら)」が祀られている有乳山があり、琵琶湖を北上して福井県まで足を伸ばすと敦賀市の南にやはり有乳山がある。さてどちらか。京都の有乳山は大津からすぐ。かたや福井の有乳山は平安時代から和歌に詠まれてきた交通の要衝で、山の形が乳に似ているらしい(出っ張っているもんは何でも乳に見えなくもないが)。それに、本人が出かけていかなくても、「このあいださあ、有乳山に行ったらさあ、山のふくらみを見て奥さんのこと恋しがってる人がいてさあ」「そりゃ馬鹿だ」で一句詠めるわけだし。やはり福井の有乳山説が圧倒的有利か。というわけで結論、べつにどっちでもいい。
夜咄よばなしや阿房にあけ郭公ホトトギス
 同じく古典俳文学大系8『蕉門名家句集一』(安井小洒編/集英社)から、尾張名古屋で書肆(本屋さん)、風月堂を営んでいた夕道(せきどう)(1717年没。享年、調べつかず)の句。よっぴいて馬鹿な話をしていたらいつの間には夜が明けていた。それを馬鹿にするようにホトトギスが「てっぺんかけたか」と鳴いている。ちなみに、芭蕉の「いざさらば雪見にころぶ所まで」は、この風月堂の前で詠まれたものだという(『俳句辞典 近世』松尾靖秋編/桜楓社)。
何をして六十路むそぢ馬鹿馬鹿雪仏ゆきぼとけ
 古典俳文学大系9『蕉門名家句集二』(安井小洒編/集英社)から蝶羽(ちょうう)(1741年没。享年65)の句。雪が降り積もり、嬉しくなって雪の仏(雪ダルマ)を作り始めたのはいいが、途中で自分の年に気づいた蝶羽。60歳になってこんなことをしているオレって……。とはいえ、そんなことばかりして人生を送ってしまうのは、父の知足(ちそく)も、弟の亀世(きせい)も、常和(じょうわ)・蝶羅(ちょうら)というふたりの息子も俳人という特別な一家だからしかたない。この家系はその後も途切れることなく続いているというから、今もどこかで彼の子孫が雪ダルマを作っているはずだ。
正月を馬鹿にくらして二月哉
 三井秋風(しゅうふう)(1717年没。享年72)の俳句。自らが編者を務める「俳諧吐綬鶏(とじゅけい)(「鶏」の字はは正確には「奚」+「隹」=奚隹」)に収められている。1月いっぱい遊びほうけられるのは、秋風が京都の富豪だったから。この句が載っていた新編日本古典文学全集72『近世俳句俳文集』(雲英末雄他校注訳/小学館)の解説によると、遊興にふけって財を失い、晩年は没落したという。秋風にはほかに「花花花花花花花かな」という、人を食った句もあって、この手の句は川柳ではけっこう見かけるが、俳句では珍しい。ちなみに、江戸川柳だったか狂歌だったかの本を見ていたら、「一二三 四五六七 八九十……」というふざけたものもあった。確か、筒井康隆も同じような短歌を詠んでいた。
初出:2008年4月30日

2013年5月8日水曜日

ダジャレにひと言13 894年:白紙に戻す遣唐使

お題:ダジャレにひと言足して、なんか悲しいダジャレを作ってください。悲しくなくてもいいですし。
吐くよ! とタクシーに戻す遣唐使
運転手さんゴメンね、呑みすぎちゃった。あ~あ、本当は唐になんか行きたくねーんだよな~
菅原道真さん? いやなら行かなくていいよ、遣唐使なんか廃止しちゃえよ。
初出:2012年1月26日

2013年5月7日火曜日

脱腸手術入院マニュアル その11

オレの筋肉はマーベラス

 手術室の両開きのドアがあいた。真ん中に手術台があって、左の壁際に心電図だとかの機器が置かれている。天井の照明は、野球のナイター設備を円形にしたような感じ。それ以外はけっこう殺風景で、ガランとしている。
 中には執刀医のY先生とT先生、奈良岡朋子みたいな雰囲気をした40歳前後の看護婦がいた。
 さっきの看護婦2名+さらに応援1名と奈良岡朋子の4名で、オレをストレッチャーから手術台に移す。かなり大変そうなので、かろうじて動く上体をねじって協力しようとしたら、「吉田さんはそのままでいいですよ」と言ってくれた。余計なことをして、作業の邪魔をしてしまった。
 所定の位置に、T字帯一丁のオレの体が納まると、体の何箇所かに心電図用の電極が取り付けられ胸には布が載せられた。これで、首を持ち上げても下半身は見えない。といっても、パックリと開けられることになるオレの体が見えないというだけで、執刀医と奈良岡朋子が何をしているかはわかる。首を左に向けると心電図のモニターが確認できる。頭の後ろには看護婦の気配。
「吉田さん、これ感じますか」
 オレの急所あたりでY先生が何かをしながらオレに聞く。
「いえ」
「じゃあ、これは」
「いえ」
「そんなら、これは」
「ぜんぜん」
 麻酔がしっかり効いているかどうかのチェックだ。最初の「これ感じますか」よりは3回目の「そんなら、これは」のほうがエゲつないことをしてるのだろう。
「お話はお聞きになっていると思いますが、手術の前に、ウルトラマンの口から膀胱までカテーテルを入れます」
 そう言って朋子は手を動かし始めた。ニコリともしない。あたりまえだ、ここでニヤニヤされたら、変な血が騒いでしまう。それにしても、麻酔が効いてるからなんともないが、想像してみると、すんごいことされてるな。もし麻酔をかけていなかったら、ウルトラマンもさぞやびっくりしたことだろう。
「それじゃあ、手術を始めますけど、気分が悪くなったりしたらすぐ言ってくださいね」
 生まれて初めての手術。でも、とくにこれといって緊張もない。オレは人一倍度胸のないほうだけど、この場合、すべておまかせ状態なので度胸もクソもない。
 先生たちも朋子(えーっと、奈良岡朋子ね)もほとんどしゃべらずに手術を進める。聞こえるのは、心電図のピコンピコンという音だけ。
 ちょっとしてT先生が、笑顔を浮かべながらオレのほうを向いた。
「吉田さんの腹筋、いい色してますね。いい筋肉です」
「ありがとうございます」
 ホメられていることはわかったので、とりあえず礼を言った。
 脱腸の手術だからかどうかわからないが、ドラマでお馴染みの、医者が「メス」と言って看護婦がすかさず渡すとか、看護婦が医者の額の汗をぬぐうなんてシーンは出てこない。
 ときどき金属音とか液体の音(血かもしれないし違うかもしれない)、それとかすかにハンバーグをこねるような音がする。
 音が聞こえるたびに、自分の腹がパックリ開いて真っ赤な内臓をいじられているシーンが頭に浮かんだ。すると、ちょこっとだけ心臓の鼓動が速くなる。どれどれと横を向いて心電図を確認するが、変化はなくて、すこし経過してから心電図がピコピコと速くなる。どうして実感と心電図がシンクロしないんだろう。
 オレの様子の変化を察知したのか、頭の後ろにいた看護婦が近づいてきて、オレの顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
 その顔を見てドキっとした。下目づかい(こんな言葉あるのか知らんけど、要は上目づかいの逆)で女の人に見られるのが、オレ大好きなんだってこのとき初めて認識した。とくに、目の下の涙袋の下にできた線が好きみたい。
「だいじょび」
 うっとりしながらオレは無邪気な言い方で答えた。
 このあとも何度か心臓の鼓動が速くなってオレは不安そうな顔をつくり、そのたびに看護婦が近寄ってトキメキの下目づかいを見せてくれた。
 手術が始まってから45分くらい経った。
「吉田さん、手術はだいたい終わりです。あとは、お腹を縫うだけです」
 T先生が笑顔で言う。
「ありがとうございます」
 オレも笑顔で答える。
「どうでした? 初めての手術」
「思ったより簡単だなって、……あ、いや、そういう意味じゃなく」
「あははは、いいですよ。実際、予想以上に順調に進みましたから。人によっては、いざお腹を開けてみたら癒着が起こってたりして大変な手術になることも多いですし。それに、吉田さんの筋肉は柔らかくて弾力があるので、引っ張るにしても糸で巻くにしても思いっきりできて、楽でしたよ」
 オレは脱腸手術向きの肉体を持つ男だったのだ。
 明日から別の病院に移るY先生には、ひょっとしてもう会えないかもしれないと思って丁寧に挨拶するつもりだったが、手術台からストレッチャーに移されている最中に、「それじゃ吉田さん、お大事にね」と言われてしまって、「ああ、どうもありがどうぐないまにゅ」って返すのが精一杯だった。

 病室のベッドに戻ったのは7時すぎくらい。ひと息つく間もなくT先生がやってきて、術後のことについて説明してくれる。
「手術は成功です。なんの問題もありませんでした。今、ウルトラマンの口に入れてある管は、明日午前中に抜きます。ザワーって、ちょっとイヤな感触はありますけど、痛くはありませんから。それと、これからじょじょに麻酔が切れてきますが、痛み止めの薬を用意してあります。そうですね、3時間くらいしたら、少量の水でしたら飲んでかまいませんので、それで薬を飲んでください」
「はい、わかりました」
 と答えながら、オレの筋肉はいい筋肉だし、痛み止めの薬なんて飲まなくても大丈夫だっていう気がした。
「そうはいってもね、その薬もそんなに強いものじゃないので、やはり痛むことは痛むと思います。痛かったら我慢せずにナースコールしてください。お尻に痛み止めの座薬を入れますから」
「あはは、大丈夫だと思います」
 なんたって、オレの筋肉はいい筋肉だもの。
「それじゃ、ときどき看護婦が様子を見に来ますからね、お大事に」
 そうT先生が言い終えると、看護婦がベッドのまわりのカーテンを閉めてくれた。

つづく

2013年5月6日月曜日

馬鹿をめぐる名言 12

モリエール
学問のあるばか者は、無知なばか者よりずっとばかだ。
 兵隊の位で言うと大将。
出典:フランスの喜劇作家モリエール(1622~1673年)の戯曲「女学者」(『モリエール全集 第四』鈴木力衛訳/中央公論社)より。モリエールは俳優でもあり、自らが座長を務める劇団はフランス中の人気を集めた。モリエールという、なんかいい響きのする名前はペンネームであり、本名はジャン・バティスト・ポクラン。ちなみに明治19年に日本に初めて彼の喜劇「女房学校」が紹介されたときの邦題は「南北梅枝態(かげひなたうめのえだぶり)」というものすごいものであった。それにしても、ポクランって……。
初出:2008年3月8日

2013年5月2日木曜日

七五調の馬鹿5

江戸川柳その5
馬鹿にして馬鹿を使つかひるが馬鹿
 川柳ネーム“〇八〇”さんが読んだ句で、出典は、元禄から宝永期に活躍し前句付けを通俗なものに堕落させたと評判の立羽たちば不覚ふかく(1753年没)が編んだ前句付け集「広原海わたつうみ」。前句付けというのは、主催者が出した前句(お題)に五七五で答える俳諧のひとつで、後に川柳へと発展する。『日本古典文学全集46 黄表紙 川柳 狂歌』(鈴木勝忠他校注/小学館)の解説ではこの句を「遊里などへの迎えと解したい」としている。それにしても、〇八〇をなんと読めばいいのだろう。八〇八だったら八百屋だけど。
弁慶と小町は馬鹿だなあ嚊あ
『江戸川柳辞典』(浜田義一郎編/東京堂出版)で見つけた川柳。類書でもちょくちょく見かけるので、けっこう知られているだろう。弁慶は1回だけ、小野小町は1回もセックスをしなかったという俗信をもとにしている。もし生まれ変われるんなら、弁慶よりは気楽な江戸庶民がいい。できれば、かかあはナシで。
初出:2008年4月17日

2013年5月1日水曜日

ダジャレにひと言12 呼吸困難

お題:ダジャレにひと言足して、なんか悲しいダジャレを作ってください。悲しくなくてもいいですし。
幼な妻リカも鼻詰まりかも
すすり餅をすると呼吸が「はあはあはあ」ってこんなんになります
すすられる餅の立場に立って物を考えてみたいものだ。
初出:2012年1月22日